玄関に、あの棚があった
くたびれた気持ちで仕事から帰ると、玄関に、あの棚が置いてあった。
脱衣所の、無駄におしゃれで重たい棚。
先日、父が「この際、移動させたい」と言い出して、私が「それは、弟が帰省してるときにして」と逃げた、あの棚だ。
私が関わる間もなく、父と弟で移動させたのだと、すぐ分かった。
弟と顔を合わせてすぐ、聞いた。
「大変じゃったじゃろ? 誰も怪我せんかった?」
「怪我はないけど、まぁ、落ち着いたら後で話を聞いて」
何か思うことがあったのだな、と思った。
父はいつもの台所の席にいた。表情はいつも通り。
棚について話題に出すと、普通に答えた。そして、中にティッシュとトイレットペーパーを片付けた、と言った。
私の買ったたくさんの物たちを、早速入れたのだな。
そんなに目についていたのだろうか。まぁ、いいか。
「もう年じゃし、怖いで」
着替えをして、夕食を取った。
弟と両親は、また近所のファミレスで夕食を済ませたそうで、私の分もお持ち帰りしてくれていた。唐揚げ弁当。
その後、弟が話し始めた。最初の質問は、これだった。
「仕事で腰を痛めとるん?」
たぶん、私が腰を痛めてるから、悪いけど父と弟の二人で移動作業をして欲しいという頼み方をしたのだろう。意外と頼み事をする際、遠慮する父なのだ。普段、如何にも「自分が!」というスタイルだから、人に頼み事をするのが苦手なんだよね。
母の部屋の照明カバーを交換した経緯を話すと、弟は言った。「仕事で重たい作業ばかりして腰を痛めたんかと思ったわ」と。
そして、今日も父は私が話したような感じで作業を進め、弟は父が体を痛めるのではと心配だったと話した。
自分のほうが体力はまだあるのに、父は自分がメインで動いて、弟にはサポートをしてほしかったらしい。
「自分ができると思ってるけど、もう年じゃし、怖いで」
弟は、何度もそう言っていた。たぶん本当に、ハラハラするイベントだったのだろう。
そして、「今度からは、二人がかりで出来んことを説得せんといけんな」とも言った。
一人の意見だと、父には伝わらないと実感したのだろう。
五百円玉が、三個あるのに
弟は、父や母のことで気になったことも、伝えてくれた。
ファミレスで、父の財布から五百円玉が三個も出てきた。
それなのに、一万円札と十円などの端数だけで支払おうとした、と。
そういう場面を、見たそうだ。
印鑑を、二時間探した
それから、母の通帳の話。
何冊かあるうちの一つの印鑑が、紛失していた。
弟は母と二人で、二時間かけて探したそうだ。
それでも見つからず、再発行の手続きを、姉に依頼してくれた。姉が母を連れて行くことになる。
弟は仕事柄そういう手続きに詳しいので、必要なものも分かる。
通帳や手続きに必要なものをカバンに入れて、目立つ場所に置いた、とのことだった。
そのあと、母の愚痴にも付き合って、気分転換のために二人でドライブにも行ったらしい。
せっかくの休みに、母に付き合ってくれたことは、感謝している。
それでは、今の母には太刀打ちできない
でも私は、伝えなければならなかった。
「それでは、今の母には太刀打ちできないのだ」ということを。
姉が手続きをしに、母を連れに来た時。
そのカバンが、そこにある保証は三〇%もないだろう。
もしくは、揃えておいた必要物品が、なにかなくなっているだろう。
そう伝えた。
最終的には二人で、「どうすりゃあ、ええんかなぁ」と言って終わった。
また、私の愚痴を言っていたらしい
そして、もう一つ判明したことがある。
母が弟に、また私に対する不信感を愚痴っていた。
弟宛の郵便物を、母はかごに入れている。
以前、母がそれを自分の部屋に持ち込んでおいて、「どこにあるか分からん」と言ってきたことがあった。
それのことなのだろう。
私が弟の郵便物を勝手に触って、捨てたりするのではないか。そういう心配を、弟に言っていたそうだ。
本当に、嫌な気持ちになった。
認知症の人の典型的な、「身近な人ほど悪者扱い」。
知識としては知っている。仕事でも、何度も見てきた。
でも、実際に自分が体験することが増えてきて、本当にやってられない気持ちだ。
「それは、困るなぁ」
私は弟に、伝えた。
「もう、一人暮らしの方がずっと楽だと思うわ」
今までも、軽い感じでは言っていた。
でも今回のは、結構重たかったと思う。
本当にそう出来たら、どんなに良いか。
その思いが、しっかり言葉に乗っていたと思う。
弟は、それには何も言わなかった。
「困るな」という考えが頭をよぎった空気を、感じた気がする。
もしくは、好意的に見れば「そうなったら、両親の生活はままならないだろうな」くらいは考えただろう。
まぁ、当然か。
実際、話の中で私が「私も体調崩して、一週間くらい入院したいわ」と言ったら、弟はこう答えた。
「それは、困るなぁ」
——そっちには、答えるのか。
逃げ道を、作ってあげた
追い詰めても、しょうがない。
だから私は、こう言った。
「でも、そうなったら犬猫の世話をしてくれる人を探さんといけんから、難しいな…」
話に、逃げ道を作ってあげた。
言った側が、言われた側に気を遣って、その場を畳む。
いつも、こうだ。
ちなみに弟は、母の部屋の「スイッチ触らない、紐で点ける」の貼り紙を見て、母の部屋以外のすべての部屋もそうなる可能性が頭を過ったそうだ。
弟も、危機感を感じたらしい。
危機感は、共有できた。
でも、私が抜けるという話にだけは、ならなかった。
見えてしまう、ということ
人の困っている部分が、はっきり見える時がある。
そんな時、自分に余裕があれば、逃げ道を作ってあげられる。
でも、自分の気持ちがとがっている時は、容赦なくそこを突いてしまう。
昨日は、そこまでの大事にならず、良かった。
いつか、なってしまわないか心配だ。
それで、姉とも絶縁してしまったから。
誰かが、持ち場にいる
それにしても、と思う。
男の人って、本当に現実を受け入れて腹をくくるまでは、何度も何度も逃げ道を探すのだな。
父もそうだった。
「わしが出来る」「わしだってそう」「新しいものは、すぐには覚えられん」。
認めるまでに、何ヶ月もかかった。
弟も、一日は手伝ってくれる。危機感も持ってくれる。
でも、私が抜けるという話にだけは、答えない。
その、腹をくくるまでの間。
誰かが、持ち場にいなければならない。
そして持ち場に残るのは、いつも女の側だ。
母も、何十年もそうだったのだろう。
今は、私がそうしている。
待っていたら、たぶん一生待つことになる。
だから、こちらから言うしかない。
昨日の「一人暮らしの方がずっと楽だ」も、そのつもりだった。
返事は、なかったけれど。
言った、という事実だけは、残った。
早めに、それを真剣に捉えないと後で痛い目を見ることになるだろう。
姉が来て、十五分で帰った
翌日、姉が来た。
また母が、印鑑のことをごちゃごちゃ言い始めて、弟が姉に連絡したそうだ。
ちょうど近くを散歩していたようで、すぐに来てくれた。
そして十五分くらい、三人でいて、「大丈夫よ」と何度も母に言いながら帰っていった。
弟も言い聞かせていた。
「もう、明日姉ちゃんが連れて行ってくれるけぇ、大丈夫」
「大丈夫じゃ」
母に、この「大丈夫」が伝わればよいのだけれど。
弟は、あと一時間で帰る。姉は近所にいる。
でも結局は、私が一番近くにいるから。
私は、聞いていなかった
そもそも、この件はどこから始まったのか。
銀行の暗証番号を変更するところからだったらしい。
私は、そのことをまったく聞いていなかった。
母と姉でしていたことらしい、と昨日、弟から聞いたところだ。
一番近くにいる私が、知らない。
そして、この件が私を巻き込まずに終わるかどうか、見守りたいと思っている。
賽の河原は、当分続く
でも、たぶん巻き込まれるのだろう。
明日の朝、母が「印鑑どこ」と言い出す相手は、その場にいる私だから。
その時、私はこう言う。
「それは、私はわからない。お姉ちゃんに聞いて」
そして、その後の母の言葉も、もうわかる。
「人がこんなに困っとるのに、ちょっとも手伝ってくれん。私のことをばかにして」
手を出せば、探して、また無くして、また探す。
手を出さなければ、ばかにしていると言われる。
どちらを選んでも、削られる。
みんな「大丈夫」と言って、帰っていく。
私は、ここにいる。
賽の河原は、当分続きそうな模様です。
弟は、午前中に帰った
弟は、翌日の仕事に差し支えないよう、いつも午前中には帰っていく。
恒例の、父の運転する車で、母も一緒に新幹線の駅まで送る行事は、いまだ健在だ。片道三十分。
同じ野菜ばかり、大量に
午後一時半頃から、作り置きを始めた。
同じ野菜ばかりが大量にあって、その量にうんざりして、なかなか手が進まない。
多少効率は悪いけれど、動画で素材ごとに「美味しそう!」なレシピを探して、一つずつやっつけていった。
最初、母は台所をうろちょろしていたけれど、特に何も言ってこなかった。
「私は出来ることしかせんよ」
十五時頃、母が外に干していたキッチンマットを取り込みに行った。
新しい洗濯機が来てから、外干しはとんとご無沙汰だったのに、今日は急に外に干していた。
十五時に取り込むのも、以前ずっと母がルーチンにしていた時間だ。
私の横を通り過ぎる時、母は小さく呟いていった。
「自分のものしか取り込まんかった。私は出来ることしかせんよ」
私は、特に反応しなかった。
それでいい。余計なことをしないほうが、助かる。
以前の母なら、もう竿に手が届きにくいのに、「あんたのも取り込もうか?」と聞いていただろう。
私は、凪の心で料理を続けた。
「こんなに作ってどうするつもり?」
夕方が近づき、テーブルに大皿でいろいろな料理が並び始めた。
それを見た母が、言った。
「こんなに作ってどうするつもり?」
これだけ作っても、三日も経たずになくなると思うけれど。
私は素の表情で言い返した。
「どうするつもりだと思う?」
母は「しらんけど。私はいらんよ。もう寝る」と言って、部屋にこもってしまった。
父が夕食の声をかけた時も、出てこなかった。
私がいたら出てきにくいかと思って、先に食べて席を外した。
でも三十分後にキッチンに行っても、料理はそのまま残っていた。
まぁ、私も母の料理を食べないことがあったし。腹を立ててはいけないと思った。
掃除機のコードを、持っていった
途中、母が掃除機の充電コードを自分の部屋に持っていって、「これは使えんかった」と戻しに来た。
母のスマホの充電器は、父に取られて(父のが先に壊れた)、二人で兼用している。
使いたい時間が被ったりして、母はまた遠慮して、イライラしている。
早く新しいものを買ってあげようと思う。
でも「買ってあげる」と言えば、「いらない、一緒に使えばいいし」と言うだろう。
必要なものにお金を使わない人たちなのだ。
母の後ろ姿を横目に、私は頭の中でツッコミを入れていた。
「それは掃除機のコードじゃろ」
「ほらな、スマホにはそれは使えんのよ。わからんのかな?」
私も、結構性格が悪い。
誰も、笑っていない
姉と弟とは、「分からん」と言いながらも、少し笑い声が聞こえていた。
そういえば、母の笑顔を見ていないな、と思った。
私も最近は、まったく家で笑っていないような気がする。
なにか、自分がいることで、母には良くないのではないか。
そんなことを、考えてしまう。
——そんな、暗い気持ちの日曜日だった。
コメント