しょうもないことで、腹が立った
先日、とてもしょうもないことで腹が立った。
でも、人間なんて案外そんなものだと思う。
仕事から帰って、家事をしていた。
夕飯の片付けやら何やら、まだやることが残っている。
そんな中、父が言う。
「先に風呂に入れ」
父は昔から、自分が最後にお風呂に入りたい人だ。
しかも湯船の中で頭を洗うという、なかなか独特なスタイルを貫いている。
一方、私は夏場ならシャワーだけで十分。
正直、湯船のお湯がどれだけ汚れていようが関係ない。
だから先でも後でもどちらでもいい。
それなのに父は、私が先に入るまで頑なに入ろうとしない。
テレビを見ながら待っている。
私は家事をしている。
なんだろう、この理不尽さ。
こちらはまだ働いているのに。
それ、思いやりのつもりですか
父はたぶん、思いやりのつもりなのだと思う。
「働いて帰ったんだから先に風呂に入りなさい」
そんな気持ちなのかもしれない。
でも、私が本当に欲しい思いやりはそこじゃない。
お米を炊いてくれるとか。
お風呂を洗ってくれるとか。
週に一回でも家事を手伝ってくれるとか。
そういう方がずっとありがたい。
人生最速記録
結局その日も、父が待っていると思うと落ち着かない。
私は驚異的なスピードでシャワーを浴びた。
髪を洗い、
体を洗い、
流し、
終了。
おそらく人生最速記録だった。
自衛隊の訓練でも受けているのかと思うほどの速さだった。
そして風呂から出て、
「出たよ」
と声をかける。
すると父は、
「出たか」
と言った。
なんだろう。
この絶妙に腹の立つ感じ。
待ちくたびれたような空気を出すのはやめてほしい。
こちらはあなたを待たせないために、最速記録を更新したのだから。
思い返せば、昔からこうだった
こういう「ズレ」は、今に始まったことではない。
子どもの頃の話を一つ。
車の中で、プリンセス プリンセスのカセットを聴いていた時のことだ。
アルバムの中に、結婚前の娘から父への感謝を歌った曲があった。
歌詞には「彼はなんとなくパパに似てる」みたいなフレーズがあった。
父はその曲を指して、こう言った。
「ツんこは、この曲が好きなんよな」
いや。
その曲、私はアルバムの中で一番好きじゃない曲だった。
当時まだ小学生だった私は、こう思っていた。
「こんなの、よっぽど恵まれた娘が書いた歌詞だ。私は絶対そんなこと思わない」
そして父に「好きだろう」と言われて、心の中でこうつぶやいた。
「夢見てんじゃねぇ」
もちろん、気の利く子どもだったので、本心は言わなかったけれど(笑)。
家族旅行も、いつも父のペース
旅行や、家族で出かける時もそうだった。
みんながどこに行きたいかを聞くことはない。
いつも自分の段取りで動く。
そして、それが上手くいかないと不機嫌になる。
子ども心に、父と出かけるのは、あまり楽しいものではなかった。
本当に腹が立っているのは
冷静に考えると、お風呂の順番なんて大した問題ではない。
本当に腹が立っているのは、お風呂そのものではない。
いつも私が気を使うこと。
私が合わせること。
私が調整役になること。
その積み重ねなのだと思う。
だから時々、どうでもいいことで爆発する。
お風呂とか。
スーパーとか。
テレビとか。
本当にしょうもない。
でも、人間らしい。
そんな日もある。
それでも、15点はある
もちろん、父にも良いところはある。
100点満点中、15点くらいはある。
その15点とは、
「出されたものを文句を言わずに食べる」
ことである。
これは高齢者としては、意外と貴重な能力だ。
私は認めている。
人に向かって15点なんて、我ながら失礼な話だ。
でも、何度考え直しても、やっぱり15点。
よくて35点である(笑)。
その15点があるからといって、その日のイライラが消えるわけではない。
人間とは、そういうものだ。
とはいえ、父にも父の人生があった
ここまで散々書いておいてなんだけれど。
父だって、一生懸命働いてきた。
20代の頃には大病もした。
仕事でも、いろいろ大変なことがあったと思う。
私が知らないところで、踏ん張ってきた時間も、きっとある。
私はもしかすると、「父親」というものに、夢を見すぎているのかもしれない。
理想の父親像を勝手に作って、それと比べて、勝手にがっかりしているだけなのかもしれない。
無駄な経験ではない、と思うことにする
私は昔から、父のような人とは結婚したくないと思っていた。
でも、そのおかげで、
「自分がどんな関係を望まないのか」
はよく分かった。
反面教師という意味では、なかなか優秀な父である。
人生、無駄な経験ばかりではない。
そう思うことにしている。
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