荒れ模様の日、航路を失う日、凪の日
母との日々に、慣れることはない。
母は同じことをしているのに、私の心の在り方によって、日々のやり取りは変わる。
荒れ模様の日。
航路を失ったように感じる日。
凪で、乗り切れる日。
今日は、たぶん凪の日だった。
同じことが、いくつも起きたのに。
秘技・ミミズ食い
朝の散歩で、愛犬がミミズの干物ばかり食べた。
愛犬の行動で、私が最も苛立つのが、この秘技・ミミズ食いだ。
暴力的な怒りが、心に湧く。
でも、げんこつをして、この子が死んでしまいそうになるところが頭に浮かぶ。
ダメダメ、絶対。
心を無にして、何も感じなくした。
行動を、報告してほしいらしい
家に帰ると、また母が絡んできた。
散歩に行くと声をかけていなかったので、出かける前と後に、声をかけてほしいそうだ。
出勤前、出勤後、入浴後、そして散歩の前後。
もう、行動を管理されているみたいでうんざりするし、いちいち面倒だし、本当に嫌気が差す。
一万円を、返そうとする
昨日の朝、母が「尿取りパッドがない」と言いに来た。
だから仕事帰りに買って帰って、母の部屋に置いておいた。
その件で、母はずっと、お金を返さないといけないと思っていたようだ。
一万円を返したいけれど、自分はお金を持っていないから、と父に貸してと頼んでいた。
そのパッドは、昨日、千五百円くらいで買ってきたものだ。
しかも、そのお金は、一週間くらい前に母が「買い物のお礼」として渡してきた五千円から出した。
母の急な買い物や、家の必要なものを、帰宅時にさっと買って帰りたい時のために作った財布。そこに預り金として入れてあるお金だ。
要は、母のお金。私は、動いただけ。
別に、お駄賃はいらない。
なんなら、八十円のアップルパイを買わせていただいたので、お駄賃は勝手にいただいている。
母的には、マイナスだ。
それなのに、まだお金を渡そうとしている。
受け取らないことに、本気で怒っている。
父の前で理由を伝え、父がその一万円を、自分の財布に収めた。
父は、促し方を心得ている
今日は休みだから、私が買い物に行こうか、と父に確認した。
今日は金曜日。
父は「いや、昼は暑くて畑仕事にならんし、行かんといけん」と、母の方を見ながら言った。
そして「買い物メモだけ頼む」と。
父は、母が面倒がっても、半分強引に行動を促すやり方を心得ているようだ。
お風呂を面倒がる母に、「入り」と促す。面倒そうでも、父に言われるとなんとなく入る母。
買い物も、母は「今日はじゃあ、二人で行ってきて。私はいかん」と、頓珍漢なことを言っていた。
でも父が「十四時に行くよ」と言うと、母も「じゃあ、書いといて」と言った。
なにもかも、メモ
最近の母の特技。
「じゃあ、書いといて」
何につけても、私はすぐ忘れるから、と言ってこれを言う。
言われるこっちは、すべてのことをメモにしないといけない。
すべての料理にメモ。何時に出るメモ。なにもかもメモ。
本当に、うんざりする。
私は苛ついていたので、言ってやった。
「手があるんじゃけぇ、自分で書けば?」
三回ほど言ってやった。
それは、無視だ。
賽の河原で、石を積む
そのあと、父が今日の予定を伝えた。
「十四時に買い物に行くよ。十六時にあんたの歯医者に行く。わしはその間に、Aクリニックのリハビリに行く」
母は、また言った。
「書いといて」
父は、無視だ。
父は自分の字が汚いとコンプレックスがあるので、メモにものこさない。
だから私は、また賽の河原で石を積むような気持ちで、書いた。
父が作っている、いらない紙の裏紙メモ用紙に。
「七月三十一日(金) 十四時 買い物、十六時 歯科(父はAクリニックでリハビリ)」
そして、キッチンの母の席のところに、置いた。
それでも、五分後には
そんなギスギスしたやり取りの後。
私の仕上げた買い物リストを、私と母で見ながら打ち合わせする。普通に会話していた。
「即席みそ汁は、箱のやつが安いからね」
「お金は受け取ったよ」
普通に。何もなかったみたいに。
そのあと母は、「お父さん、お金あるんかな。私はないよ」と、何度も心配し始めた。
母の頭の中で、お金の流れはどうなっているのだろう。
謎だ。
今日は、凪だった
ミミズの干物も、行動の報告も、一万円も、父に無視されたメモの依頼も、全部あった。
それでも、乗り切れた。
荒れ模様の日なら、たぶん、どこかで爆発していたと思う。
航路を失う日なら、この先どうなるんだろうと、足元が消えていたと思う。
でも今日は、凪だった。
同じ海の上にいるのに、日によって、こんなに違う。
だから、慣れることはない。
——さて。今日はこれから、愛犬のシャンプーカットの日だ。
ミミズを食べた口も、きれいにしてもらおう。
とんかつ、四百二十円
五年くらいお世話になっているトリマーさんのお店に犬を連れていき、近くの大型商業施設で買い物をした。
いつかの夕ご飯用にと、とんかつを買った。
近所のスーパーよりお肉の質が良くて、筋が入っていないので食べやすい。お値段も四百二十円。
一枚を、三人で食べる。二つも買うと、ちょっと高いから。
父に三切れ、母に二切れ、私は一切れ。油揚げでも入れて、かさ増ししよう。
いつか、これを一人で食べる時が来るだろう。
でもそのときは自分も年を取って、全部食べるのは胃に堪えるかもしれない。
まぁ、今でもすぐ脂肪に変わりそうで、少なめの方が体には良さそうだ。
夜勤明けみたいな眠気
家に帰ると、ちょうど買い物に出かける二人と入れ違いになった。
暑いのに、この時間が良いのだろうか。でも十六時から母は歯医者だから、やっぱりこの時間か。
帰る車の中から、凄く眠かった。
夜勤明けの帰り道みたいで、ちょっと懐かしくもあり、やっぱり危ないなと思った。
疲れているのだろう。
二人に買い物をさせて、自分だけ昼寝するのは少し気が引ける。
でも、一時間くらい仮眠を取った。
トマトのホール缶、二個目
その後、帰ってきた二人の戦利品の片付けを手伝った。
頼んでいないのに、トマトのホール缶。これで二個目だ。
これを何に使うつもりで買ってくるのか、謎だ。
そして、「今日の夕ご飯」と買い物リストに書き忘れたせいで、今日の出来合いの夕食がなかった。
よし、とんかつの出番だ。
予定より早い出番になったが、早く食べてもらえて、とんかつも本望だろう。
玉ねぎと卵を加えて、カツ丼だ。父も喜ぶだろう。
そして、いつものそうめん。毎日暑いから、冷たいものが食べやすいようだ。
父の手帳と、母の大きな声
二つの予定を終えて帰宅した二人は、さすがに疲れている様子だった。
帰ってから、父が母に、次回の歯医者の予定を確認していた。
母は父に聞こえやすいように、ゆっくりと大きな声で、次回の予約日時を伝えていた。
父もちゃんと、自分の手帳にしるしていた。
二人のやり取りを見て、思った。
夫婦はこうやって一緒に年を取っていって、同じように老いていく連れ合いと助け合いながら、やっていくんだな。
それが出来る二人は、幸運だな。
その影には、たくさんの努力も必要だっただろうけど。
自分を、いたわりながら
今日は、何度も母に同じことを言われても、イライラせず優しく返事することが出来たな。
私も、若くない。
自分をいたわりながら、日々を送りたい。
でないと、自分も周りも、しんどいしな。
改めて感じさせられた、一日だった。
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