寒くなると、いつも当たり前にあった温もり
うちには今、犬が一匹と猫が一匹いる。
その前に、一代目の猫がいた。茶トラのオスで、私が10代の頃から一緒に過ごした猫だ。
冬になると、いつも私の膝の上で暖を取っていた。夏には来ないのに(笑)
パソコンを触っていると、気づけば乗っている。
あまりにも日常だったので、何時間も経ってから「あれ、いつ膝に来たんだっけ?」と思うことが何度もあった。
あの頃は、それが当たり前で、すこしうっとうしく思うこともあった。
二年間、家で点滴をした
その猫は、亡くなる四年ほど前から腎不全の治療が始まった。
定期的に血液検査をして、貧血が出れば造血剤を打つ。
後半の二年ほどは、家で皮下点滴もするようになった。
月に三万から五万は飛んでいった。学生だったが、そこは何とかなっていたのが、せめてもの救いだ。
治療は、四年続けた。
その猫はとてもおとなしく皮下点滴ができたので、その行為自体は特に大変ということもなかった。
それ以前に、動物病院で毎日のようにやっていることだったので、家の中で工夫して上手くやれていた。
最初の頃は、嘔吐したり、食べれなくなったりがさほどなかったので、そこまでADLを落とすことなく過ごせていたことは、猫にとって良かった。
心残りなのは最後の一年が、私の看護師一年目と重なったことだ。
看護師としてのいろはを覚える一年目。自分のことすら回っていない時期だった。
仕事から帰って、猫の世話をして、また出勤する。心の余裕が、本当になかった。
それで、本当に最後の方で、ある病院に入院させた。かかりつけではない病院だった。
預けた日、私は正直に言うと、ほっとした。
猫が嫌がる強制給餌も、吐物の片付けもない日を久しぶりに過ごせた。
病院では、すこしさみしいだろうけど、お世話をしてもらえているだろう。
その病院では、犬舎と猫舎が完全に分かれているので、猫も静かに過ごせるだろう。
その「ほっとした」が、今もずっと引っかかっている。
面会の日に、見たもの
面会に行った日のことを、十年経った今でも鮮明に覚えている。
予約時間に来院し、受付で十五分ほど待たされて、ようやく顔を見に行った。
ケージのペットシーツが、全面、尿で汚れていた。
点滴が漏れたのかと思ったが、近づくと尿臭がした。
その上に、うちの猫がじっとしていた。
猫舎の横に新しいシートが置いてあったので、こそっと自分で交換した。
そして、何も言わずに帰った。
クレームを言う飼い主だと思われたくなかった。
長年、動物病院で働いてきた人間として、あまり苦情を言いたくなかった。
しかし、同時に「これは流石にありえない対応だ」とも思った。
退院の日も、下半身は便と尿で汚れていた。
先生は、猫を私に返しながら、「すみません、少し便で汚れていますが」と言った。
下痢もあるし、それは汚れるだろう。動物病院ではままあることだ。
完璧に綺麗にして返してほしいとは思わない。猫の体力も落ちている。
それにしても、後ろ足の毛も、尿ヤケしていた。いつも冷たい尿汚染のペットシーツの上に長時間、放置されていたのだろうと思った。
いずれにしろ、退院させると分かっている動物に対して、最小限のケアさえ出来ていない病院だと腹が立った。少なくとも、私は、そんな状態の動物を飼い主にお返しすることはなかった。
連れて帰って、体を洗った
連れて帰って、まず下半身を洗った。
猫はその頃にはもう、自分ではほとんど歩かなくなっていた。
それでもベランダに出たがったので、抱えて出してやった。
日向に置いてやると、気持ちよさそうにしていた。
その姿を見たときに、砂を噛む様な気持ちになった。
入院させるんじゃなかった、と思う一方で、私にも選択肢がなかった。
家でゆっくり最後を一緒に過ごすことが出来ない状況が、看取りの時期に被ってしまった。
退院した数日後、仕事から帰宅し、状態の悪い猫を悩みに悩んで、動物の夜間救急に運んで、どうせしてもしょうがない検査や何やかんやを受けさせて、帰宅の会計待ちの時間に息を引き取った。
その後、挿管とか心臓マッサージとかして、心拍が戻ったり止まったりを何度か繰り返して、最終的には三十分ほどで救命処置を「もういいです」と私が止めた。
支払いをし、深夜に家に連れ帰って、横たえた猫に覆いかぶさって、大声で泣いた。
壁が薄かった1LDKの部屋で、物音に口うるさい隣人から苦情か来るかもと頭の片隅で考えたけど、そんなこともどうでも良かった。
次の日も仕事だった。
もっとゆっくり、時間をかけてあげたかった。
最後の時間を、もっと猫に寄り添ってあげたかった。
ブーケが届いた
猫の火葬が済んだ頃、入院させていた動物病院から、ブーケとお悔やみのメッセージカードが届いた。
亡くなった日、夜間救急で「直近の受診病院に報告しますか」と聞かれた。
してもいい、と答えた。だから連絡が行ったのだろう。
そのブーケとカードを見て、私はまた一段と、虚しさと腹立たしさを覚えた。
何のための花束なのだろう?
その努力の方向性は、もともとの信頼関係があった場合のみ、良い方向へ向くベクトルだろう。
入院患畜の世話もろくにできない動物病院のフォローとしては、やり過ぎな気がした。
たぶんこの病院では、亡くなった後のトラブルの芽を摘むことが大切だったのだろう。
悔やんでいるのは、猫が死んだことではない
十年経って、思うことがある。
あのとき私に足りなかったものは、はっきりしている。
時間と、お金。それと愛猫を見送るという行為に対して、何を大切にするかという指針がはっきりしていなかったこと。
当時の自分の考えは、医療こそ全てだった。そうして状況を掴んで判断すること。
でも、それをして何になったのだろう。猫は幸せだっただろうか?
実際には私は悔いが残った。大きな悔いだ。半分恨みすら残って、十年たった今も、思い出すだけで泣けてくる。
あのタイミングだったことを恨んでも仕方がない。それは分かっている。
それでも悔やんでいるのは、猫が死んだことではない。
汚れたシートの上にいる猫を見て、何も言わずに帰った自分と、救いにならないと分かっている救命処置で、最後に苦痛を与えてしまったことだ。
あのとき私は、クレームを言う飼い主だと思われたくなかった。
でも、あれはクレームではない。
言うべきことだった。
それを、言わなかった。
私は仕事でそういう場面に出くわすことがある。
寝たきりの高齢者をお世話する時、「これは本当に本人が望んでいることだろうか」と感じる。
それでも、皮膚を清潔に保ち、痰を吸引し、口腔ケアをし、眼脂を拭い、爪を切り、耳掃除をし、体位変換をし、おむつを変え、衣服が汚れたら更衣をし、経管栄養を行い、入浴介助をし、少しでも安楽に生活できるよう整えている。
今度は、時間を作れる
今、うちの猫は十四歳だ。犬は七歳。
順番でいえば、たぶん猫が先だ。
今度は、時間を作れる。
作ろうと思えば作れるところまで、私は来た。
ひとつだけ、決めていることがある。
絶対に、おしっこまみれのシートの上には居させない。
そんな場所には、二度と預けない。
それだけだ。
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