冷蔵庫に、すき焼きの材料があった
金曜日、両親は買い物に行った。
冷蔵庫の中に、ふだん我が家に入っているはずのない牛肉があった。
100g450円と記載されていた。私が買うお肉は、基本100g200円以下だ。
スイカもあった。いつも買うのは、一口大に切ってパックに入ったスイカだ。それが、四分の一に切られた大きなスイカに変わっていた。こんなスイカ、5年以上買っていない。
糸こんにゃくや白菜、ネギも買ってあった。
これは、すき焼きを想定した材料だなと、すぐに分かった。
父にすき焼きの材料が分かるわけないから、父の思いつきで、母が選んで買ってきたのだろう。
翌日、弟が帰ってくるからだろう。前に帰ってきた時から、一ヶ月ぶりだった。
弟の帰省に合わせて、ごちそうをみんなで食べたかったのだろう。それにしては牛肉は少なめの130gしかなかったけれど。
材料が買ってあることは分かった。でも、私が作ろうと言ったわけではないし、作ってくれと頼まれてもいない。
私は、そんな浮かれた気分になれないので、見なかったふりをした。
私は、いつも通りに台所に立った
土曜日の午前中、私は野菜を消費するために台所に立った。
父が、興味本位で育てた”空芯菜”。いつものごとく、育ちすぎて固くなっている。どう調理すればよいか、心がもやもやする。
とりあえず、硬い部分はどんどん捨てて、かろうじて食べられそうな部分は炒め物にした。
そのあと、傷みかけたものを捨て、使えそうなものを調理する。それが、いつのまにか私の役目になっている。
ゴーヤーチャンプルー。
きゅうりの酢の物。
ナスのたいたん。
全部で四品作った。午後は部屋でゆっくりしようと思っていた。
一時間ごとに、母が来る
3日前から母は、目薬の指し方に苦戦している。どうしても理解できないようだ。
しかしその目薬は一年前からさしていたものだ。
一日4回一回一滴、説明しても理解できないし、目薬表を作って渡しても、よく分からないようだ。
さし方が分からない、教えてくれ、と一時間ごとに私の部屋に上がってくる。
教える。母は納得して帰る。一時間後、また来る。
同じ説明を、同じ顔で繰り返す。
この時点で、午後のゆっくりは消えていた。
十六時、父が帰ってきた
父が母に、何か言ったらしい。
せっかく材料を買ってきたのに、作っていないのか、というようなことを。
しばらくして、母が私の部屋に来た。
「今から、すき焼きは作らんよな? お父さんがせっかく買ってきたとか言っているから」
母は、父の意向を伝える時、こういう聞き方をしてくる。私に忖度しているのだろう。そして、父の機嫌を損ねないよう、私が立ち回ることを遠回しに勧めてくる。
『あなたの気持ちもわかってるのよ。でも波風を立てずにみんな仲良く過ごしましょう』
私は、返事をしなかった。
すると、母は続けた。
「いろいろ作ってくれたやつがあるから、それを夜は食べて、明日の午前中にすき焼きを作ろう。私も手伝うから」
この家では、父は私に言わない
我が家は、いつもこの形だ。
父が母に言う。母が私に言いに来る。
父は、私に直接言わない。
だから、断る相手がいない。
父に「言われても困る」と返そうにも、父は何も言っていないことになっている。
母に断れば、伝えに来ただけの母を責める形になる。
しかも母は、父への恨み言もよく私に聞かせる。
自分も嫌なのだ、という顔をしながら、父の言葉を運んでくる。
そうされると、要求だけを断ることができない。
二十分、考えた
私は、素直に動けなかった。
罪ではないものを、罪のように差し出されている気がしたからだ。
私は午前中に四品作っている。
でも、数えられるのは、作っていないすき焼きの方だ。
でも、もう材料は冷蔵庫に入っているし、どうせ今日作らなくても、明日には作らされるのだ。
二十分考えて、結局、私はすき焼きを作った。
嫌味を言いながら作った
「良かったね。帰省した弟に、すき焼きを食べさせられて」
そう言いながら、鍋に肉を入れた。
飲み込まなかった分だけ、少し息がしやすかった。
しかたなく作ったすき焼きだけど、味は普通だった。
父は言った。
「ありがとうの」
私は、全然嬉しくなかった。
父は私に頼み事をしない。
自分の思いつきを、周りがお膳立てするのは当然。
最後に『よくやった』と一言かけるだけ。
自分の指揮で周りが動く。それは、当然なのだ。
思うように周りが動かないときは、不機嫌になる。
自分が動くことはない。不機嫌にしていれば、周りが動くのだから。
私は、何も言わなかった。それが精一杯だ。
ゴタゴタするのも面倒だし、私が負けてあげるほうが、この家では波風が立たない。
何十年もそのルールの中で動いているドラマなのだ。
二人でいる時、私は呼ばれない
機嫌のいい日、両親は二人で昔話をしている。
母が、父の話を聞いている。
いい夫婦のように見える瞬間もある。
その時、二人の間に私はいない。
私が呼ばれるのは、詰まった時だけだ。
父が直接言いたくない時。母が、断られそうだと思った時。
だから私が立ち会う場面は、いつもうまくいっていない方に偏っている。
先が見えないと感じるのは、たぶん、そのせいだ。
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