母は、スマホをよくなくす
母は、スマホをよくなくす。
家の中で、一日に何度も探している。
置いた場所を覚えていないのだから、当たり前だ。
最近は、それに加えて、目の前にあってもそれが認識できないのか?「私のスマホを鳴らして」と頼みに来る。
以前、私に頼めない時、固定電話から母の妹に電話し、何度かコールを依頼していたときがあったようだ。
叔母さんから、「首にかけれるようなケースを買ってあげ」と言われていた。
だから、たすき掛けにできる紐のついたケースを注文した。
今のケースは、かんたんスマホを買った時に同時に購入したケースのままだ。
昨日、仕事から帰ると、それが届いていた。
新しいものが入ると、必ず混乱する
でも、やっぱりここでも認知症が存在感を発揮してくる。
生活の中に新しいものが入ってくると、母は間違いなく混乱する。
まず、紐がついていることが今までと違うからか、「スマホが見当たらない」と言い出した。
そして、目の前にある。
それを、何度も繰り返した。
その次に始まったのが、これだ。
「これを付けたから、今まで届いていた何かがこなくなった」
本人も何が届かなくなったか、説明できなくて、何度も「もうええわ」と言ったり、また「前は来とったのに、何かが届かなくなって」を5回くらい繰り返している。
何かって一体なんなんだろう?こっちが知りたいわ。
新しく入ってきたものと、うまくいかないことが、母の中で勝手に結びついているのだろうか?
まだしばらく、慣れない日が続くと思う。
その前に、充電器で一度失敗している
実は、ケースの前に充電器を買っていた。
どちらかの充電コードが使えなくなって以降、両親は一つのコードを兼用している。
そして、お互いに「自分が使いたい時に相手が使っている」と、イライラしている現場を何度か目にしてきた。最低限の必要物品に、ふつうにお金を使わないのはなぜなのか?
二人にとって、スマホの充電は個人の充電コードがなくても十分対応可能と思っているのだろう。でも実際にはイライラしている。今の時代、充電器は一人に一本必要なものだと私は思う。
しかしやっぱりこれは、いつものごとくブロックされた。
「私はいらん」
この一言で終わりだ。
もう本当に、ムカついちゃうよね。しょうがないんだけれども。
作戦を変えた
ムカつきながら、作戦を変更した。
今度は、父に渡した。
「これ、私のやつは新しいのを買ったんだけど、古い方もまだ使えるようだからお父さん使ってみて。充電できなかったら返して、私が処分するから」
父は、もったいないから、と受け取った。
そのあと、二人が兼用しているコードを、同時に使いたい日が来た。
そこで、充電器は母のところへ回っていった。
今は、母が使っている。
お古なら、受け取れる
正直に言うと、理不尽だと思った。
わざわざ買ったのに、直接は受け取ってもらえない。
父を経由して、お古という形にしないと、母の手には渡らない。
でも、数日たった今は、もういいかと思っている。
狙ったところに落ち着いたからだ。
たぶん、母が拒んだのは、ほんのちょっとのスキマ時間で充電なんか出来る、そんなことのためにわざわざ新しいものを購入するのはもったいない、と思っているからだろう。
でも実際には、後期高齢者の生活にもスマートフォンは欠かせないものになっている。
母だって、全部が落ち着いた20時ごろに、ゆっくり充電したい。
そこで、父とかち合う。
「お母さんはいつも家におるんじゃけぇ、昼間に充電しとけばええじゃろうが」
心無いことを言われて、母はイライラすることになるのだ。
お古なら、わざわざ新しいのを買って無駄遣いした感が帳消しになる。
誰かが使わなくなった物が、たまたま回ってきただけだからだ。
ケースは、意外と気に入っているらしい
混乱はしているけれど、新しいケースは意外と気に入っている様子だ。
前のケースは、かなり使い込んでいた。
もう、今にも千切れそうだったのだ(笑)
しばらくは「見当たらない」が続くだろう。
それでも、たすき掛けの紐が体に馴染めば、探す時間は減るはずだ。
そこまで行けたら、この買い物は成功ということにしよう。
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