誰かが特別に嫌なわけでは、ない
最近、また退職したい気持ちが大きくなってきた。
でも、誰かに腹を立てているわけではない。
むしろ、上司のことは好きだ。
一生懸命だし、責任感もある。
だからこそ、この気持ちを説明するのは少し難しい。
私は上司の「人」が嫌なのではなく、「仕事への考え方」に共感できないのだ。
たとえば、会議。
小さなことを、みんなで、延々と話し合う。
結論は出ない。
でも、「みんなで話し合ったこと」自体に価値がある、とされている気がする。
私は、結論が出ないなら、その時間で別の仕事をしたい。
どちらが正しいという話ではない。
ただ、私はそういう考え方の人間なのだ。
そして、それは上司一人の問題ではない。
この職場全体の風土なのだと思う。
人は変わる。風土は変わらない
以前は、「もう少し頑張れば慣れるかもしれない」と考えていた。
でも、今は少し違う。
人は変わることもある。
けれど、職場の文化や価値観は、そう簡単には変わらない。
もちろん、私自身も変わらない。
だから、お互いに無理をして合わせ続けるより、合う場所を探したほうが自然なのではないかと何度も考える。
「辞めたい」は、波のように来る
不思議なのは、「辞めたい」という気持ちが波のようにやってくることだ。
忙しい日は、目の前の仕事で精一杯になる。
その間は、辞めたい気持ちも少し薄れる。
でも、休みの日になると、また同じ場所へ戻ってくる。
「ああ、やっぱり私は、この職場が合わないんだ」
そんな気持ちになる。
以前は、この波を見るたびに「本当にそれは我慢できないほどのことなのか?」と思っていた。
でも、何度も何度も同じ場所へ戻ってくるなら、それは一時の感情ではなく、本音なのかもしれない。
波には、二種類ある
私はこれまで、4つの職場で働いてきて、今が5つ目である。
どの職場にも、納得のいかないことはあった。
直近の職場では、かなりの頻度で会社の悪口を言っていた。
(私も、そんなに嫌ならやめればよかったのだけれど…笑)
それでも、7年働けた。
あれは、折り合いの中に住める不満だったのだと思う。
今の職場は、違う。
初日から「こりゃあ、やべーところに来てもーたな」と思った。
そしてその感覚は、半年経った今も、寄せては返す波のように感じ続けている。
7年もつ不満と、初日にわかる違和感は、別のものなのだ。
何がそんなに受け入れ難いのか、考えてみる。
おむつ交換は、エプロンをしたほうがいいと思う。
使い捨ての手袋を、遠慮しながら使いたくない。
仕事で使う物品は、会社に買ってほしい。
——書き出してみると、大きな野望ではない。
看護師としての、ごく普通の線引きである。
そして、私のほうも変わったのだと思う。
少し貯金が増えて、我慢する理由が減った。
パートという働き方で、それなりに暮らしている人たちを、初めて間近に見た。
「正社員で我慢し続けるしかない」という思い込みが、緩んだ。
嫌なことが増えたのではない。
我慢の単価が、上がったのだ。
悩みは「辞めるか」では、なかった
最近、一つ気づいたことがある。
私が悩んでいるのは、「辞めるかどうか」ではなかった。
最終的には、退職する未来しか思い描けない。
だから、本当の問いは違う。
「いつ辞めるのか」
その答えだけが、決まっていない。
だから私は、忙しさの中で忘れたり、休みの日に思い出したりを繰り返しているのだと思う。
誰も悪くない。ただ、合わない
人間関係が悪いわけではない。
仕事が嫌いなわけでもない。
それでも、「この場所は自分には合わない」と感じることがある。
そんな職場が、ある。
そして、それは誰かが悪いという話ではない。
価値観の相性。
ただ、それだけなのかもしれない。
だから今は、「いつ」を考えている。
急がなくていい。
でも、忘れることもない。
波は、必ずまた来るだろうから。
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