「食いっぱぐれない」を選び続けた30年

仕事にまつわる気づき
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労働契約書が更新された

就職して、7か月経った。査定の時期なのか、労働契約書が更新された。

ふと、自分の職業人生を数えてみた。

保育士を目指したこと。動物看護師になったこと。看護師になったこと。

資格を三つ渡り歩いて、気がつけば、働き始めてから30年近くになる。

選ぶ物差しは、いつも同じだった

仕事を選ぶとき、私の物差しはいつも決まっていた。

手に職。資格。食いっぱぐれないこと。

若い頃の私に、それ以外の物差しはなかった。周りの大人たちも、みんな同じことを言っていた。

「手に職をつけなさい。資格があれば、一生食べていけるから」

私はその通りにした。まじめに、三回も。

最近、気づいてしまったこと

ここ何年も聞いているお金のユーチューブでは、「お金の流れがいいところに自分を置く」という言葉をよく聞く。

私が選んできた仕事は、全部「奉仕の心」を求められる仕事だった。

子どもの世話をして、動物の世話をして、人の世話をする。

どれも「ケアワーカー」と言われる仕事で、けして「お金の流れが良い」職業ではない。

当然のように「優しさ」や、「奉仕のこころ」が求められる空気の中で、給料や働き方が見過ごされがちな職業だ

10代の頃、何となくその時に選べるカードの中から、未来が見えやすい道を選んだ。

情報を取りに行く知識がなかったし、手段がなかった。学校の先生もそのようなことは教えてくれなかった。

でも、今は違う。インターネットやユーチューブで、自分の欲しい情報に手が届きやすくなった。

30年近く働いて、職業の方向性を三回変えて、毎回同じ場所に着地してきた。

私の職業人生は、いったいなんだったんだろう。

30年近く、働いてきたけど、最後の決断で看護師を目指してなかったら、どうなっていただろう。

そして、看護師になってから、ユーチューブでお金の勉強を始めたことも良かった。

あがいて、自分の人生を考えて、模索して、今のこの場所にいる。

今は、投資を始めて、それなりに資産を貯めることが出来た。

約束は、守られていた

今まで、私は自分の仕事を大きな苦労なく探せてきていた。

それは、逆に万年人手不足な職種だったと言えなくもないけど、転職のたびに、資格が次の仕事を連れてきてくれた。

「食いっぱぐれない」——あの約束は、一応、ちゃんと守られていた。

ただ、あの約束には、最初から書かれていないことがあった。

「豊かになれる」とは、どこにも書いていなかった。

飢えない。でも、豊かにもならない。奉仕の分は、無給。

それが、私が30年働いてきた契約条件だった。

そして、その条件を設計したのは私じゃない。私はただ、まじめに守ってきた側だと思う。

ここからの10年で、やること

数年前から、お金の勉強を始めた。

家計簿をつけて、自分の生活費を数字で知って、少しずつ積立も始めた。

「r > g」なんて言葉も覚えた。

資産の増える速さは、経済の成長より速い。だから働くだけでは追いつかない、という意味だ。

今なら、こう言い直せるかもしれない。

私の30年は、失敗の30年じゃない。

「食いっぱぐれない」を完成させた30年だった。

飢えない土台は、もうできている。

だから、ここからの10年は、次の仕事に取りかかる。

「謳歌する」を、やる。

アラフィフの今からでも、遅くないと思っている。むしろ、土台ができた今だからこそ、できることだと思っている。


同じような資格を持って、同じような30年を歩いてきた誰かがいたら、伝えたい。

私たちは、選び方を間違えたわけじゃない。

土台を作っていたのだ。

ここからを、どう生きるか。

私は最近、そのことをよく考えている。

自分にとって何が幸せか。

残りの時間を何に使えば後悔しないか。

もっともっと、自分の幸せについて、敏感に感じ取り考えないといけない。

そして、必要なことには*予算の範囲内で*お金を使い、無駄なものにはびた一文払いたくない。

残りの時間は、無限にあるわけじゃないし、お金も無限にあるわけじゃない。

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