「もう、私はせん」と母は財布を渡した

日常のハプニング
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レジの前で、母はいつももたついていた

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金曜日は、両親の買い物の日だ。

母は前から、こぼしていた。

「お父さんは、かごに入れるだけ。レジに行ったら、さっさと段ボール箱を取りに行くんよ。私はカードを出したり、お金を出したりして、しんどいんよ。お父さんはなんもせん」

私が一緒に行く時も、だいたいそうだ。

カバンから財布を出すだけで、もたつくし、ポイントカードは絶対に出さないといけないと思い込んでいるのか、何種類もあるカードの中から、「今日のお店のカード」を探すのに凄く時間がかかる。(先に出しておけばいいのに。)後ろに人が並んでいたら、なおさらだ。気を使って焦るのか、いつもお札で支払って、結果的に、財布が小銭でぱんぱんになる…、のは高齢者あるあるか。

レジでの、お金とポイントカードの受け渡しは母にとって、毎週の「緊張感高まる時間」だったのかもしれない。

「もう、私はせん」

その日、レジで何かあったのか、それとも家に帰ってから言い合いになったのか。

私が帰宅した時には、もう終わっていた。

母は財布を父に渡して、こう言ったらしい。

「もう、私はせん」

私は、まあそれもいいか、と思った。

母がお金の管理をできなくなっていることは、前から分かっていた。父も最近は金額を見るようになってきたし、無駄なものを買う数も減った。長年ずっと買い続けていた自分のお菓子まで「もう買わん、小さい方だけにする」と言い出したくらいだ。

父が管理するなら、それでいい。

そう思って、その日は寝た。

翌朝5時30分

翌朝、5時30分。

母が、二階の私の部屋まで上がってきた。

「お父さんが、私からお金を取り上げた」

「私だって、買い物に行かんといけんこともある。ナプキンを買いに行かんといけんのに」

ナプキンというのは、尿取りパッドのことだ。

私は言った。

「返してもらったら?」

母は答えた。

「お父さんにそんなことはよう言わんわ。もうええ、もうええ」

そう言って、階段を降りていった。

とうとう、物盗られ妄想が始まったのかな、と思った。

でも、昨日は自分で「もう分からんから、お父さんが預かってくれた」と言っていたような気がする。

渡したのは、母だ。

一晩のうちに、「預けた」が「取り上げられた」に変わってしまっている。

「よう言わんわ」の中身

それにしても…、母は一晩中、財布のことを考えていたのだろう。

普段の買い物は、父と言っているが、

父以外とも、母はお出かけする。

私が、美容院やドラッグストアや内科に連れていくし、

姉とも、ホームセンターやちょっとした買い物へ行く。

その時、母が一文無しでは、本人も困るし、我々も困る。

母は他人に気を使うし、迷惑をかけることを嫌う。そして、「いらんせんしょう」をついて人に迷惑がられている事に気付いていない。何なら、逆ギレしている。思い込みが激しいところがあるのだ。

悪口はさておき、自分の手元にお金がないことは、やっぱり母にとっても不安だろう。

だから、本当はお金を返してほしい。これが本音なのに、なぜ「よう言わんわ」なのか?

それも、「気を使う」のだろうか?50年以上夫婦としてやってきている相手なのに。

トムとジェリー

台所に降りると、父がいつものように新聞を読んでいた。

その斜め横に、母が陣取っていた。

父の手元には、母のお金が入った100均のポーチが置いてあった。

母は、遠回しな嫌味を言い続けていた。

「それをそんなところに置いておいたら、いけんじゃろ! 片付けて!」

本当は、ポーチを取り返したい。

でも、そうは言えない。だから、置き場所を攻撃する。

私は、知らんぷりを決め込んでいるけど、第三者の目で見て、滑稽で笑ってしまいそうだった。

言われている父は、どこ吹く風で新聞を読み続けている。

聞こえていないのか? 

いや、補聴器は耳に入っているから、聞こえないふりをしているだけだろう。

以前、食費を出してと言われた時は、あんなに不快そうな顔をしていたのに。

今回は新聞越しに、嫌味の集中砲火を平然と受け流していた。

預かった以上、これは自分の任務だと思っているのかもしれない。

トムとジェリーみたいだった。

馬鹿らしいやら、笑えるやらで、私は面倒に巻き込まれたくなかったので、自分の部屋へそそくさと戻った。

ついでに、ゆで卵も怒られた

その後、散歩、風呂掃除、朝ごはんと、いつものルーチンをこなした。

母が早朝に起こしに来たので、いつもより時間があった。

だから、昨日見つけた賞味期限切れの卵を茹でていた。

すると母が、また来た。

「そんなに作ってどうするん」

この前、作り置きをした時と同じセリフだ。

ここまで来ると、もう卵の話ではない。何にでも絡んでくるチンピラと変わらない。

少しイライラして、強めに言ってしまった。

「賞味期限が切れてるから、生で食べたら危ないから、ゆで卵にしてるんよ。また食べてね」

返ってきたのは、これだった。

「私は食べんよ」

いやいや期の子どもか、反抗期の中学生か。

相手にしていられない。私は仕事に行った。

「私はええ」

仕事から帰ると、母はいつもの「引きこもり」になっていた。

顔を見に、寝室にしている客間をのぞいた。

母は目を閉じたまま、暗い声で言った。

「私はええ」

夕食のことだ。自分は食べないとストライキしているのだ。

ここまでへそを曲げている時は、静観するしかない。何を言っても、全部が絡む材料になるだけだから。

明日は休みだから、母が納得する方法を何か考えよう。そう思って、その日も寝た。

翌朝、母は言った

日曜日の朝。

私が何か切り出すより先に、母のほうがけろりとしていた。

必要なものは、もう買ったという。

誰と行ったのか、どうやってお金を出したのかまでは、聞かなかった。

聞かないほうがいい気がした。

あんなに揉めていた話が、私の知らないところで、いつのまにか片付いていた。

私が休みの日に考えようとしていた「折衷案」は、出番がなくなった。

少し拍子抜けして、少しほっとした。

この家は、私が全部やらなくても、回る時は回るらしい。


それでも、一つだけ考えていることがある。

大きいお金は、父が預かればいい。

でも、母にも小さい財布が要る。千円札が何枚かと、小銭が入っているだけの、母のものだと分かる財布。

減っていたら、私が黙って足せばいい。

そうすれば「取り上げられた」が、「預けた」に戻るかもしれない。

母が守りたいのは、たぶんお金の額ではない。

誰にも言わずに、自分の物を買える。それだけのことだ。

渡すのは、風向きのいい日にしよう。

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