疑われても、朝ごはんは食べる

日常のハプニング
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幸せ最優先の、はずだった朝

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今日から、二連休だった。

朝6時5分、愛犬と散歩に出た。

涼しい朝の空気の中を、白いもこもこと歩く。

歩きながら、決めたことがあった。

私は、私が幸せになることを最優先にする。

我慢しない。後回しにしない。「いつか」と先送りしない。

意気揚々と家に帰った。

さて、この連休、何から始めようか。

楽しく考えていた、そこへ。

母、登場

「ここに置いておいた、教室の色んなものがない。どこかに動かした?」

昨日からの、続きだ。

要は、私が捨てたのでは?と疑っているのだ。

物盗られ妄想か。

仕事柄、知識としては知っている。

でも、こういうのが、介護者を一番消耗させるんだ。

「もう一緒には住めないね」

「私はここ4日間仕事だったし、そもそも勝手に捨てたりしないよ。でもそんなに疑うなら、もう一緒には住めないね」

ひどいような物言いだが、小出しにしないと、私もやっていられない。

母はそう言われると、しつこくするのを辞めた。

「お父さんが動かすと思えないし、私は捨ててないし。勝手にどこかに行ったみたいじゃ。まぁええわ」

ぶつぶつ言いながら、ゴソゴソと探し続けている。

私は、一線を引くと決めて、朝ごはんを用意して食べた。

朝から、もの探しに時間を差し出したくなかった。

細切れの時間を差し出す奉仕活動には、付き合えない。

子どもの頃の、母

前から考えていたことだけれど、介護には、子育てと近いところがあると思う。

誤解があると困るので、あくまで、我が家の場合の話とするが。

子どもの頃、母はいつも疲れて、笑顔のない母だった。

仕事をし、買い物をし、洗濯をし、食事を作り、家族の生活が回るように、いつも心が休まらなかったのだろう。

だから母は、子どもに寄り添うこと、子どもと楽しむことが、できなかった。

本当に小さな頃、母の膝に座りたかった。

「お尻の骨が刺さって痛い」と断られた。

弟は、かなり大きくなるまで、座っていたのに。

腕を組むと、「体重をかけないで、重い」と手を払われた。

小学生の頃、友達とうまくいかなくて相談したときは、鼻で笑われた。

そういうことがあるたびに、子どもの私は、自分に言い聞かせて諦めてきた。

母を責めることは、できなかった。

母が、好きだったから。

関係が、逆転しただけ

少し大きくなって、母の愛情を求めなくなった頃、母との関係は、そう悪いものではなくなったと思っていた。

でも、心のなかでは、ずっと恨んでいるんだろうな。

今の私と母は、関係が逆転しただけだ。

母はいま、心もとなくて、寄り添いや優しい言葉を欲しがっている。

でも、私には、その余裕がない。

仕事と、日々の生活を回すことに精一杯。

やられたことを、やり返しているだけなのかもしれない。

一人暮らしと、変わらない

だから私は、こう考えることにしている。

食事作り、風呂掃除、トイレ掃除、洗濯。

私は、自分の生活に必要なことを、しているだけ。

一緒に生活しているから、父母は、その恩恵に預かっている。

そう考えれば、私は両親の世話をしているわけじゃなく、一人暮らしをしているのと変わらない。

そう思えば、腹も立たない。

他の人は、どう考えてもいい。

私は、こう考えるほうが、心を守れる。

疑われても、朝ごはんは食べた。

今日の私は、それでいいことにする。

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