母は、新しい洗濯機を覚えた

日常のハプニング
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三代目は、一択だった

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今年の4月、我が家にドラム式洗濯乾燥機が導入された。

ここまでには、二度の失敗があった。

最初は、縦型洗濯機に、電気の乾燥機を上に載せる形だった。

でも、乾燥機が上にあると、背が縮んできた母の手が届かない。

そこで7〜8年前、縦型の洗濯乾燥機に買い替えた。

これが、大失敗だった。

今度は、洗濯槽の底に手が届かない。

おまけに乾燥機能は、二度と取れないレベルのシワが付く代物で、使い物にならない。

二重苦。父にも母にも、大きな後悔の残る買い物になった。

父は今回の買い替えのときも、「あれは失敗じゃった」と言っていた。

そういう経緯があって、三代目は、高くてもヒートポンプ式のドラム一択。

お金の勉強で信頼している人のおすすめでもあったので、私が「高いけど、これが良い」と言って、購入に至った。

30万円。

なぜ、できないのだろう

新しい洗濯機のボタンは、以前のものとそこまで変わらない、シンプルなものだ。

洗剤は自動投入で、その設定は私がやる。

だから、母のやることは4つだけ。

洗濯物を入れる。電源を押す。コースを選ぶ。スタートを押す。

だいたい洗濯機というのは、正面に立ったとき、右から電源ボタン、その隣に開始・一時停止ボタン、そしてコース選び、という並びだ。

前の洗濯機も、今回のものも、同じ並びだ。

今までと、何も変わらないように、私には見えていた。

なのに、できないのだ。毎朝。

昔の洗濯機では、教えもしないのに、すすぎ1回コースを選んで使っていた母が。

残り湯のコースでは、ホースを伸ばして浴槽に付けて、終われば巻き取ることまで、できていた母が。

私には、理解できなかった。

なぜ?

手順書を、壁に貼る

理解はできなくても、洗濯は毎日ある。

そこで私は、AIに手伝ってもらって、手順書を作った。

大きな字。番号つき。押すボタンの場所がわかる絵。

印刷して、洗濯機のそばの壁に貼る。

母がつまずくたびに、つまずいた場所を聞いて、作り直して、貼り直す。

「ふんわりキープ」という機能でつまずいたときは、ふんわりキープ専用の説明書まで作った。

その繰り返し。

毎朝の、不安そうな顔

それでも、すぐには覚えられない。

使えるようになるまでの間、毎朝だった。

起きたばかりの私のところに、不安そうな顔の母が来て、使い方が合っているかを聞く。

毎朝、同じ質問。

正直に書くと、うんざりする日々だった。

母はこの時期、毎日「ゆげちゃんにちょっと聞いてみるんじゃけど…」と言っていた。

私は、それをいわれるたびに、「いや、毎日聞いてるじゃないか」と心のなかでいつも突っ込んでいた。

寝起きの人間に、毎日同じことを聞くの、止めてください。

そして、クセの強いクッション言葉をつけるの、止めてください(苦笑)

でも母は、聞きに来る。

不安だからだ。

30万円の機械を、壊してしまわないか。

毎日の自分の仕事を、失敗してしまわないか。

それでも母は、不安そうな顔をしながら、こうも言っていた。

「ふわふわになるからええわ」

不安と、お気に入りは、両立するらしい。

2ヶ月後、卒業

変化は、ゆっくり来た。

質問が、少しずつ減っていった。

気がつけば、母は一人で洗濯機を回している。

ここまで、2ヶ月。

母も、成長したのだ。

そして、あのとき理解できなかった「なぜ」の答えも、たぶんここにある。

昔の洗濯機の型は、長年の繰り返しで、手が覚えていた。

新しい型は、頭から入れ直さないといけない。

その入り口が、少しずつ、狭くなっているのだ。

でも、狭くなっているだけで、閉じてはいない。

2ヶ月、毎日通せば、ちゃんと通る。

物忘れが増えてきた人でも、繰り返せば、新しいことを覚えられる。

認知機能テストの点数は、たぶんこれからも下がっていく。

でも「もう新しいことは覚えられない」と決めつけるのは、まだ早い。

この2ヶ月で、私が母からもらった希望だ。

気に入りすぎて、朝夕

もっとも、順風満帆でもない。

一時期、母は洗濯機を気に入りすぎて、朝と夕方の2回、洗濯をしていた。

私は、それにもイライラした。

だって、朝洗った手拭きタオルを、夕方また洗っているのだ。

そんなに洗う必要、ある?

それとも、朝夕の区別がつかなくなったのか?

認知症が、進んだのか?

——と、頭を巡らせる期間だった。

今は落ち着いたのか、朝だけに戻っている。

そんなある日、月に一度帰ってくる弟が、ぽつりと言った。

「だいぶ新しい洗濯機、気に入っとるな」

それで私は、確信した。

この買い物は、正解だった。

高齢者にこそ、高機能な家電が必要なのだ。

ただし、フィルターは別

ちなみに、乾燥フィルターの掃除だけは、母に教えていない。

最初に私がやってみたとき、「こりゃ、母には無理だな」と思った。

一度だけ、部品を見せたことがある。

母はひと目見て、「無理」と言った。

目が見えて、構造を把握できる大人なら、誰でもできそうな形ではある。

でも、目が悪くなって、背が縮んで、指先の動きが衰えてきた高齢者には、難しい工程だ。

なので、練習さえしていない。

毎日の、私の仕事になった。

せめて毎回ではなく、3日に1回、1週間に1回の掃除で済む仕様なら、ありがたいのだけれど。

ここは、メーカーさんにぜひ頑張ってもらいたい課題だ。

便利家電は、高齢者こそ

便利家電は、高齢者こそ使うべきだと、私は思う。

そして、高齢者が使えるということは、ユニバーサルデザインだということだ。

高齢者が使えるものは、みんなが使いやすい。

この猛暑で、母はすっかり乾燥機能が気に入って、洗濯物をまったく外に干さなくなった。

三度目の正直の30万円は、いまや母の一番の相棒だ。

そして私は今日も、フィルターの綿ぼこりを、そっと捨てている。

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