腰椎ベルトなしで、散歩に行けた
朝、腰椎ベルトなしで散歩に行けた。これは私の腰痛のバロメーターなので、良い報告だ。
ただ、内服がなくなりそうなので、病院に行っておこうと思った。
朝から、血圧計
朝から、母が部屋に来た。
「これはどうするんか、また教えて」
ここ一週間くらい格闘している、手首用の血圧計だ。
使い始めて、二年以上経ったものだ。
一ヶ月前の定期受診では、主治医に頼まれもしないのに、一ヶ月分の毎日測った血圧のメモを提出できていた。
それが、なぜか、ここ一週間は難しいようだ。
いつも通り、見守りと声かけで、自分で測定できた。
メモについては、二〇〇回分のメモリーがあるので、諦めようと思う。
母は私に管理させたい様子だけれど、私は華麗にスルーしている。
父の目の前で、やってみせる
今日は、父の目の前で、状況を伝えながら、母と二人でやった。
父との現状把握を、同じにしておきたかったからだ。
父は新聞を読むふりをしながら、耳だけ聞いていたと思う。補聴器はちゃんとついていた。
渋い顔で新聞を読む父。
たぶん、母の進み具合に心がざわついているのと、私の言い方がきついので母が可哀想なのだと思う。
でも、私が母に厳しく言っている様子を見せているからこそ、それが父の「優しい語りかけ」「何度も付き合う」につながっている気がする。
厳しいのが娘、優しいのが父の役割。
たぶんこれ、逆の役割にすると、父は怒りに制限が効かないと思う。
だから私が憎まれ役で、ちょうどいいのかもな。
本当は嫌だけど、そう自分を納得させている。
待合室で、職場の人に会った
病院では、一時間近く待った。そのため、腰は悪化した。
でも、低周波の電気治療は気持ちよかった。いつもは全然効いている感じがしないのだけれど。
そして、いるかなと思っていた、施設の利用者さんと主任に会った。待合室で。
昔は、休みの日に職場の人に絶対に会いたくないと思っていた。
でも最近は、ぜんぜん何ともない。
今日はかなり混んでいたようで、まったり話しながら待った。
明日の分まで、買っておく
病院のあと、100均と近所のスーパーで買い物をした。
明日は両親の買い物の日だ。
でも父は、昨日は照明カバーの交換、今日は法事の対応を一人でしている。疲れているかもしれない。
だから、今日買えるものは買っておこうと思った。
中国産のうなぎが千円ちょっとだったので、買った。昨日の土用の丑の日に、食べていなかったから。
家に帰ったら、賽の河原
家に帰ったら、なんだか地獄だった。
母の「わからない」が、手を変え品を変え、エンドレスに責めてくる。
久しぶりに、火を吐く怪獣になって暴れたい心境だった。
ゆげちゃんに電話したのに、出なかった。
部屋の電気がつかない。
血圧計をどうしたらいいか、わからない。
この三重苦で、果てしない賽の河原を体験した。
父が帰ってきて、母は私では対応してもらえないことを理解し、ターゲットを父に移行した。
我が家に、施設のポスターが貼られた
その間に、私は作業をした。
母の部屋の、新しい照明カバーの引き紐に、100均で買ってきた延長紐を取り付けた。蓄光の飾りが付いているものだ。
暗い部屋でも、光って見えるように。
そして、電気の壁スイッチの上に、紙を貼った。
「これは使わない。紐でひっぱる」
スイッチそのものを、目隠しした。迷う余地をなくすためだ。
昨夜二十三時頃、私がトイレに行くとき、物音を聞きつけて母が部屋から出てきた。新しい電気の使い方が、まだわからないようだった。
以前、電球が切れていた時に言われていた「紐を引っ張ったらいけん」が、残っているようだ。
今朝もやっぱり、「これの使い方がよお分からん」「これでいいんかな?」と繰り返していた。
でも、これは洗濯機と一緒だと思う。繰り返せば、覚える。
こんな、施設内に溢れているポスターが、我が家にお目見えするとは。
しょうがない。これからもっと、増えていくだろう。
母は、なぜ病人でいたいのか
父は根気強く、母の血圧測定の話を聞いていた。
母としては、毎日測りたい。そしてそれを記録したい。でも自分ではできないから、やってほしい。そういう思いがあるみたいだ。
結局、父はこう諭していた。
「時間を決めて、自分で測り。この紙に、日付と時間と血圧、脈拍を順番に書くんで」
話を聞く父も、私が聞いたのと同じ質問をしていた。
「あんたは、そもそも血圧を毎日測らんといけんのか?」
母は高血圧ではない。先生も、毎月の診察で母が提出する血圧メモには、三秒ほどしか目を通さない。
一日に膨大な患者さんを診ているドクターは、本当に忙しいのだ。
母がなぜ、自分を「病人」に仕立て上げたいのか。本当に理解に苦しむ。
自分が「わからない」という恐怖から目をそらしたいから、何かしら疾患にかかっているのでは、と思いたいのだろうか。
母の自己分析はこうだ。
「私は若い頃から胃が悪いから、なにか出来ているのかも」
「夜中にお腹が、ぎゅるぎゅるっと鳴って、固くなって、お腹がどうにかなってるんじゃないか」
「私の頭には瘤があって、それが大きくなりょうるんじゃないか」
いろんな病気の心配を、もう何年もしている。
毎年の健康診断では、特に大きな異常はないのだけれど。
年のとり方は、様々だ
父は対照的に、自分が病気なのではと疑うことがほぼない。
肩も腰も手首も痛いし、緑内障の経過観察中でもあるけれど、「私は重病人」というアピールがない。
若い時から病気をして入院したり、腎結石で腎臓を片方摘出していたりする。それも踏まえて、よく自分のことを把握している。
年のとり方は、様々だ。
父だって、入院中は気難しくて、母に看病や世話の仕方でいろいろきつく当たっていた時があったと、母から聞いている。
それでも今は、父のほうがある意味、手がかからない。
少なくとも、日々の生活の波風の立て方が、母の頻度に比べると少ない。好々爺ではないが、今のところは手のかからない高齢者だ。
難しいものだな。
「わしだってそう」
私は、母が席を外した時、父に伝えた。
「もう、物忘れ外来に行ったほうが良いと思う」
しかし父は、うっすら笑いながら、こう返した。
「新しいものが来て、すぐには覚えられんのよ。わしだってそうよ」
もう、本当に大声で叫びたい!
「Why!? Father, why!?」
ちょっと、厚切りジェイソンさん風に叫びたかった。
今日の料理は、苦行だった
もう、後はひたすら料理をするだけだ。
両親のやり取りを背中で聞きながら、なんだか今日の料理は楽しくなかった。
腰も痛いし、本当に今日はカップラーメンで良いんじゃないのか。
でも、うなぎを買ってしまっている。
それに、またアホみたいに、きゅうりやミニトマトや、売れ残ったかぼちゃや、ナスが貯まってきている。
きっと、痛み始めているものもあるだろう。
今日の料理は、苦行だった。
まぁ、できたうな丼と、きゅうりとわかめの酢の物は、二人から「美味しい」を頂いた。
少しは、報われた。
心が、スンとした
なんだか今日は、疲れた一日だった。
犬猫の世話も、ほとんどしてあげられなかった。
こんな日々が続いていくのかな。
と、すこし心がスンとした、休日だった。
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