五時二十分の、涼しい時間
朝、五時に目が覚めた。
五時二十分に、犬と散歩に行った。
まだ涼しくて、快適だった。
道行く散歩中のおじさんたちに、挨拶をする。だいたい、いつも同じメンツだ。
仕事の日の朝より、遠くまで歩ける。
空いっぱいの鱗雲が、きれいだった。スマホで写真を撮る。
早朝から、釣りをしているおじさんもいる。そういえば今日は日曜日だ。
みんなそれぞれ、酷暑の一日の、涼しい時間を大切に使っている。
犬がアスファルトで干からびたミミズを何匹か食べてしまい、そこはむっとしたけれど、それもまぁ通常運転だ。
まずまず、気持ちの良い滑り出しだった。
「もう行ったの? 朝ごはんも食べずに」
帰宅目前で、母から電話が鳴った。
「もう行ったの? 朝ごはんも食べずに」
今、散歩中。もうすぐ帰る。今日は休みだから。
そう、短く伝えた。
最近は毎朝、仕事の有無を聞かれる。そして、そんなに働かんでも、と言われる。
母の世話のためだけに、生きているわけじゃないんです。
一晩考えて、父が出した答え
家に帰り、挨拶のためだけに、台所に顔を出す。
すると父が、挨拶のあと、最初にこう切り出した。
「電気の傘ごと、替えることにした」
「今後のことを考えたら、軽い物のほうが良いじゃろう」
ここが、父と母の違うところだ。
一晩考えて、まずまず正しい着地点に、到着できる。
「私も、それが良いと思う」と伝えた。
「傘が重いけぇ、手伝ってぇな」
しかし、続いて父から出た言葉に、また残念な気持ちになる。
「実家から、ちょっと軽い脚立を持って帰って、外そうと思う。傘が重いけぇ、手伝ってぇな」
いやいや。七十八歳、現実を見てほしい。
あなたはもう、目も見えにくい。肩も上がらない。右手に至っては、腱が一本切れた状態だ。
脚立に乗って、重い傘を支えながら、天井近くまで手を伸ばして、細かいネジを外す。
その一連の流れ、無理に決まっている。
そして、いつもの、なかなか出来ない→イライラする→周りに当たり散らす、のループになるだけだ。
私の、苦虫を噛み潰したような顔を見て、父はさらに言い募る。
「来てもらうだけで、出張費言うて五千円くらいかかるんじゃけぇ」
もう少し、押してみよう。
「私が出していいから、業者に頼もう」
すると父は言った。
「いや、それはいい。出来るよ。別の部屋も、わしがやったんじゃ」
それ、結構前の話ですよね。
これ以上は喧嘩になりそうだったから、話を止めた。
父が予定している午後までは、まだ時間がある。
私の言葉が、じんわり父の脳に沁みて、未来が変わるかもしれない。
それに、かけるしかないか。
「わしが出来る」に、付き合ってきた
こういうやり取りは、今までも何度もしてきた。
天井につける火災報知器の、電池交換のとき。
洗濯機を導入する際、スペースを作るために、見栄えだけ良いスタイリッシュな木製の棚を移動させたとき。
ずっと「わしが出来る」に付き合って、司令塔になりながら、事故に繋がらないように、私が指示してきた。
今回も、そうなるのだろう。
父の中では、火災報知器のときと同じく、こたつ机の上に脚立を乗せて、天井から外す算段だ。
危ないことは、看護師なので十分わかっている。
それでも、止められないのだ。
時間に、値段がついていない
父は、自分の労力や、自分や他人の時間を使っていることに、理解が及ばない。
五千円や一万円は、十分もとが取れるお金なのに。
そこにずっと気づかず、生きてきたのだろう。
母も、同じようなところがある。
夫婦で公務員だったから、かもしれない。商売人だったら、違ったのだろうか。
だから、私なんだな
たぶん、こういうことなのだと思う。
プライドが高くて、周りに怒る自分を制御できず、自分でやったらタダ、今までも自分でやってきた、と考える父。
他人に依存し、それでもプライドは人一倍高い母。
その二人に、三人きょうだいの中で一番うまく付き合えるのが、私なんだな。
姉は、喧嘩になって、そもそも一緒に住めない。父とも不仲だ。
弟は、他人事。昔から、大変なことや、体を使うことや、時間を使うことは、周りがしてくれる環境で育ってきた。与えられた環境の中で、大きな自己主張をせず頑張ってきたのが弟なのだ。
母が何でも先回りするタイプで、弟に関しては、それを未だに嬉々としてやっている。
だから、私なんだな。
今日も、そうなんだな。
今日は日曜だから、姉も巻き込もうとすれば、できなくはない。
でも、また派手なエピソードになってしまいそうだから、声はかけたいけれど、かけないほうが賢明だろう。
——さて。午後が、やってくる。
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