朝、まずは風呂掃除から
休みの日も、平日と変わらず、「あとになるほど面倒」な風呂掃除から始める。
父が毎日湯船に浸かりたがるから、自分は入浴していなくても、とりあえず洗う。
一番入りたがる人が、一番掃除しないあるある。。。
そのあと犬の散歩。
犬の散歩は、なんだかんだ好きだ。
好きな音楽を聴きながら、犬と歩いたり、急に止まったりしながら、ぼんやり近所を回る。
野花が咲いていたり、田んぼの稲が少し伸びていたり、竹藪の匂いがしたり。
公園、池の周り、空き地。
毎日ほとんど同じ道なのに、ちょこちょこ発見がある。
ああいう時間は、ちゃんと幸せなんだと思う。
最近は暑くなってきたから、なるべく早めに行ってあげないと、アスファルトも熱くなってしまう。
帰ってきたら、そこから一気にやることを片付けていく。
父のこだわりと、母のヨーグルト
父の食べるチョコレート、紙パック牛乳、バナナ、頼まれていた日用品。
面倒なのが、「〇〇の店の一番安いチョコレートがいい」とか、「バナナは大きめじゃないと食べた気がせん」とか、「歯ブラシは〇〇メーカーの◯番」とかとか、細かいこだわりがちょいちょい追加されること🥲
もう、地味に面倒くさい。
まあ、いいんだけど。
あと、
「あれ? ヨーグルト、まだ残ってたはずなんだけど、もうない……」
と思ったら、
母「私はそんなに食べてないよ」
いや、減ってるの、お母さん指定のヨーグルトなんよ😓
別に一日一個って決まってるわけじゃないし、食べたかったんだろうなとは思う。
体にもいいし。
でも、こういう“小さな予定変更”が、生活の中では静かに積み重なっていく。
不足しているものをメモして買い出しへ。
トイレ掃除、自分の洗濯、ペット用品のネット注文。
次の休みまでの作り置き調理もしておきたい。
母の細々した頼みごと
その合間に、母から、
「電話がピカピカ光っとるんよ、どうしたらいいの?」
「スマホのこれが消えんのよ。怖いわ」
「銀行にいかんとお金がない」
「病院に電話してほしい」
みたいな細々した頼みごとが入る。
ゴミ出し(分別から始まる、、、)や通院の付き添いなんかもある。
気づけば、一日が終わっている。
名前のつかない細々したこと
書き出してみると、なかなか忙しい。
正直、しんどいなと思う日もある。
でも、こうやって並べてみると、自分がいかに大変かを語っているだけみたいでもある。
たぶん、日本の女性って、結婚したり、子供ができたり、親の介護が始まったりしたら、みんなこういう生活をしているんだろうな、と思う。
実際に自分がその立場に少しずつ近づいてきて、初めて分かることも多い。
名前のつかない細々したことって、本当にたくさんある。
「今日は外食しようや」のありがた迷惑と、その後
「今日は外食しようや」と言われることもある。
たぶん、楽をさせてあげよう、という気持ちなんだと思う。
もちろん両親も、いつも家庭の味じゃ飽きるだろうし、家族の時間も大切だよね?
でも、実際には、その時間ぶん作り置きが後ろ倒しになったり、買ってある食材の管理を考えたり、帰ってからまた動いたりする。
外食したからといって、生活そのものが止まるわけじゃない。
むしろ、あとで帳尻を合わせるために、少し忙しくなることもある。
どうせ出るなら、一緒に買い物も済ませられたら助かるんだけど、そこはたぶん面倒なんだろうな、とも思う。
「簡単なものでいい」と言う人ほど、自分で作らない
知らない人ほど、「簡単なものでいいよ」と言う。
でも、”簡単なもの”を考えて、買って、作って、片付ける人は、だいたいいつも同じだったりする。
たぶん、どこの家もそうなんだろうけど、最終的にケツを拭く人って、だいたいいつも同じなんだと思う。
まだ、コントロールできる範囲で
まだ今は、自分のコントロールできる範囲の中で回せている。
犬の散歩をしている時とか、作り置きの調理に集中している時とか、ふと、
「ああ、まだ大丈夫かもな」
と思える瞬間もある。
介護じゃない。でも、何かが始まっている
でも、これから先のことも、少しずつ考えていかないといけないんだろうな、という感じ。
なんというか、「介護!」みたいな大げさな状態では、まだ全然ない。
ただ、生活の中に、小さなサポートが自然に増えていく。
その積み重ねが、じわじわ効いてくる。
休みの日なのに休んだ感じがしないのって、たぶんこういうことなんだと思う。
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