認知症の母の嫌味に、泣きたくなった日

日常のハプニング
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二階から、母の声がした

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今日は、仕事だった。金曜、土曜と、続けて。

帰宅すると、二階から、母の声が聞こえた。

私のいない間に、犬猫の様子を見てくれているのだろう。「もうじき帰ってくるからね」と、犬に話しかけている。

やさしい声だった。

——それなのに、次の瞬間、私は強い言葉を出してしまう。

二階の廊下から、「暑いな、ここを開けようか」と、母の声がした。

その廊下の窓は、網戸が壊れて外れている。開ければ、虫が入る。母はいつも、締め忘れる。

だから私は、階段の下から、強い口調で言った。

「窓は開けないで! 虫が入るから!」

今思えば、これが、始まりだった。

洗面台の下の、攻撃

母が、脱衣所へ来た。私の周りを、うろうろする。

そして、洗面台の下の扉を開けて、言った。

「これ見て、ゆげちゃんのものばっかり、いっぱい入っとるじゃろ?」

中にあるのは、父が使う泡ボディソープの詰め替え。両親のリンスインシャンプー。ハンドソープ。風呂洗剤。

全て、親のため、家のための、日用品だ。

私は言い返した。「これは全部、私のものじゃないよ。お風呂で使うものだよ」

すると母は、二回、言った。

「それでもじゃが。こんなにいっぱい買って、なにこれは。それだけ買う元気が、凄いわ」

攻撃されている、と思った。

認知症でも、なかなか鋭い嫌味を言うものだと、感心する。その一方で、泣きたいような気持ちになった。

たぶん、私のプライドが、傷ついたのだと思う。

この家で私は、自分のことは自分でやる、と決めて生きてきた。まとめ買いも、家を回すための段取りだ。

その一番の自負を、「自分のために買い込む人」のように言われた。

一番、刺されたくない場所だった。

もう一つ、心に引っかかった事がある。

母が嫌味を言いやすいのはやはり私なのだな、ということだ。

多分、母は自分の乳液や日焼け止めを洗面所に置きたいのだ。

でも、鏡の両側にある小物棚は父のもので埋め尽くされている。

置きたくても、余白がないのだ。

しかし、その状況は私が知る限り、この家ではずっとだ。

長年、我慢していたことが、認知機能が弱まることで溢れ出したのだ。

でも、当の父にはよう言わない母は、矛先を替えて私に言っているのだ。

その事に、改めてがっかりした。

青い空と、入道雲

冷静になろう、と自分に言い聞かせた。

買ってきたものを片付けて、車を近くの駐車場に置きに行った。

猛暑の中を、歩いて帰る。

空が、青かった。入道雲があって、きれいな空だった。

腹を立てながら、それでも、空をきれいだと思っている自分がいた。

今日は、好きにやってやる

家に帰ると、母が台所から「夕ご飯食べー」と言ってきた。

でも、まだ腹が立っていたので、私はすぐ、二階の自室へ上がった。

犬猫の世話をして、着替えをする。今日は、好きにやってやる。そう思っていた。

いつもの母なら、すぐに「早く食べ」と、二階まで攻めてくる。

でも今日は、二十分経っても、来なかった。

たぶん母も、いつもと違う空気を、察したのだと思う。

用意されていた、夕食

キッチンに降りると、両親は食事を終えていた。

そして、私の夕食が、食卓に用意されていた。

買ってきた焼き鳥が一本。唐揚げが三個。私の作った人参しりしりが、一つの皿に乗っていた。

今日は、買い物の日ではない。父に聞くと、「仏壇に置くりんごを買いに行った」とのことだった。

猛暑の中、昨日に続いて、今日も。

言葉では攻撃してきた母が、私の夕食を、用意している。

この家の人たちは、いつもそうだ。愛情も、不満も、まっすぐには出てこない。

私は母と一言も交わさず、黙々と、夕食を食べた。まだ、腹が立っていた。

五回目の、電気の傘

そのうち母が、寝床にしている客間で、電気と格闘し始めた。

結局つけられず、父に助けを求めに戻ってくる。

父は、毎度おなじみの言葉を伝えていた。

「これは中の電球が何個か切れとるから、紐を引いてもランダムにしかつかん。紐は使わず、壁のスイッチで入りきりするんじゃ。昔はわしが替えよったけど、今は重いし、肩も上がらんけぇ、すまんのぉ」

このやり取りを、私が知る限り、五回以上、繰り返している。

父は意外と、根気強く母に関わっている。でも、いつかキレる日も来るだろう。これは、確信に近い予測だ。

このまま続いても、良い方向へは行かない。

私は、母が席を外した隙に、父に言った。

「お母さんの部屋の電気、傘ごと交換しよう。そうすれば、業者がやってくれるよ」

父は、「そこまでせんでもええ」と言う。

四十年前に作った、凝った客間の傘。今はもう客も来ず、母の寝床になっているのに、それを替えることに、抵抗があるようだった。父のこだわりが、顔を出した。

でも、私は言った。「電気がつかないことで、毎日毎日お母さんが混乱して、それでよけいに悪くなってる気がするよ」

すると父は、「わしもそう思う」と言った。「業者に頼んだらええんか。頭がいいな。そうしよう」

結局、近所の家電量販店の、電球交換サービスを使うことになった。古い傘は、そのまま。明日の休みに、父と二人で行く。

止まっていたものが、一つ、動いた。

何も、しなくていい

それを聞いた母は、「ここを片付けんといけん」と言った。

私は、こんこんと説教してしまった。

「業者の人はプロだから、どんなに散らかっていても来てくれる。お母さんが片付けたら、また物がなくなったり、分からなくなるから、何もしなくていい」

ひどい言葉だな、と思う。でも、事実だから、言わずにいられなかった。

鏡は、先に笑わない

少し時間が経って、すったもんだの後で、私は思った。

母の攻撃性は、私の行動が、跳ね返ってきているだけなのだ、と。

洗面台の下の攻撃の、始まりは、私だった。「窓を開けないで!」と、強く言ったこと。

思い返せば、今朝もそうだ。

出勤前、母に手首の血圧計を探してと頼まれ、時間がなくて、ぞんざいに対応した。見つかったのに、「あって、よかったね」と、やさしく言えなかった。

ピリついた空気のまま、私は家を出た。その空気が、たぶん、夜まで尾を引いていた。

——おかしなもので、職場では、できる。

今日も施設で、利用者さんに同じように探し物を頼まれ、対応した。そのとき私は、つい独り言を漏らして、他のスタッフに聞かれてしまった。

「仕事と思うと、優しく接することができるのになぁ」

他人には、優しくできる。家族には、深いところの傷に触れて、できない。

鏡は、こちらが先に笑わないと、笑わない。

母は、私の顔を、映していただけなのかもしれない。

母も、同じ場所に立っていた

最後に、思い出したことがある。

昔、母が、自分の母の介護をしていた頃。母はいつも、こう言っていた。

「もう、何もしてほしくない。何もせず、じっとしといてくれたら、いいのに」

それを聞いて、私は思っていた。人間なんだから、何もせずじっとしているなんて、無理だ。ひどいことを言うな。そのくらい、母も参っているのだろう、と。

悟ったように、思っていた。

でも、今は。私が、同じ立場に立っている。そして、同じ言葉を、同じ母に、言っている。

責める話でもない。許す話でもない。

たぶん、そういうものなのだ。

時間は、ぐるっと回って、同じ場所に、戻ってくる。

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