親の介護シリーズを、最初から読む

日常のハプニング
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このシリーズについて

私は、介護施設で働く看護師だ。

家では、両親と暮らしている。

父は78歳を超え、母には認知症のような症状がある。

正確な診断は、まだ受けていない。

2026年5月、母がかかりつけ医で受けた認知機能テストは、20点だった。

「境界線」と言われたその日から、私はこの記録を書き続けている。

介護と呼ぶには、まだ早いのかもしれない。

でも、何かが始まっているのは、確かだった。

このページは、その記録を最初から順番に読めるように並べた、目次である。

同じような場所に立っている誰かの、地図の代わりになれば嬉しい。

序章 ――シリーズが始まる、半年前

家族や職場にひそむ「見えない役割」と、気が利く人に偏っていく負担への違和感。今読み返すと、すべての伏線だった話。

家族の中に残る「見えない役割」について思うこと
家族や職場に残る“見えない役割”や、気が利く人にだけ負担が偏る構造に気づき始めた日々。医療現場のお膳立て文化や小さな違和感を通して、フェアな関係や自分の在り方を見つめ直した記録です。気遣いに疲れやすい方にもそっと寄り添う内容です。

本編 ――時系列で、最初から読む

第1話 すべては、この日から。薬の一包化をお願いしに行っただけの日、母が受けた認知機能テストは20点だった。

母の認知機能テスト、20点。境界線と言われた日のこと
薬の一包化をお願いするだけのつもりで、母の受診に同伴した。ところが診察室で母は自ら「物忘れが増えた」と訴え、長谷川式認知機能テストを受けることに。結果は20点、境界線。親の認知機能の変化に気づきながら過ごす日々を、娘の視点で記録しておく。

第2話 父の牛乳48本分、4,500円を母に請求した。金額よりずっと大きかった、家族とお金の話。

4,500円を母に請求した日のこと
父の牛乳代4,500円を母に請求したら「お父さんに言って」と返ってきた。大した出来事ではない。でも、そのやり取りの中に、買い物のバトンがいつの間にか渡っていた事実と、それに少し疲れた自分がいた。40代、働きながら親をサポートする日々の記録。

第3話 「買い物はこちらでします」と、両親が宣言した。任せてみることにした日のこと。

親に買い物を任せてみることにした話
父の牛乳代をきっかけに、家の生活費の話をした。すると両親は「自分たちで買い物に行く」と言い出した。物忘れが増えてきた母に、買い物は任せられるのか。当たり前に回っていた家事に隠れた判断の多さと、親の自立をどこまで見守るかを考えた記録。

第4話 私の負担は、減ったはずだった。なのに、なぜかモヤモヤする。その正体を考えた話。

買い物の担当が変わっただけなのに、なぜかモヤモヤした話
両親に買い物を任せることになった。負担は減るはずなのに、なぜか気持ちが晴れない。一晩考えて見えてきたのは、今の母に以前の家事は難しいという現実と、それを父がどこまで分かっているのかという不安だった。家事の境界線をめぐって考えたことの記録。

第5話 宣言から一晩明けて。両親だけの買い物実験、初日の記録。

買い物実験、初日
留守だった家📖 「親の介護シリーズ」を最初から読む📖 前回の記事:買い物の担当が変わっただけなのに、なぜかモヤモヤした話この記事は、上の話の続きです。昨日、「これからは自分たちで買い物に行く」と宣言した両親。一晩たって、今日はどうなったかと...

第6話 ゆっくり起きた休みの朝、回覧板が地域の役目を運んできた。親の老いは、こんな形でもやってくる。

親の老いは、回覧板からやってくる
ずっと母が担当していた地域の清掃。ある朝「家族の代表として参加するのは自分だ」と突然気づかされた。存在しない探し物を続ける母を連れて、何十年ぶりかの地域清掃へ。親の老いは、こんなふうに日常のふとした場面からやってくるのだと実感した一日の記録。

第7話 結果の分かっている通院に、付き添って消耗した日。「やることは同じでも、気持ちは選べる」と気づいた話。

やることは同じ、気持ちは選べる
母の眼科の付き添い、美容院、一緒に料理、懐中電灯の電池交換。やることに追われ、つい強く言ってしまった一日。母と出かけると、なぜか消耗する。それでも明日も似たような休日がやってくる。同じ一日をどう受け取るかは、自分次第なのだと思う。

第8話 買ってきた化粧下地を、返された朝。怒りより先に、力が抜けた。

化粧下地を返されて、力が抜けた朝
両親が自分たちで買い物に行くようになった。ある日、代わりに買い出しへ。頼まれた化粧下地や美容用品を比較しながら2時間。へとへとで帰った翌朝、母が化粧下地を返してきた。介護は「手伝う」より「できることを続けてもらう」方が難しいと、買い物のたびに思う。

第9話 怒りでも、悲しみでもなく、「ああ、またか」。心が死んだ、と感じた日のこと。

心が死んだ日
仕事から帰ると家の空気が重かった。母の愚痴を聞くうち、何かが切れて怒鳴ってしまった。「お母さんは私の愚痴を聞いてくれたことある?」。幼い頃からずっと、わがままを言わない子、支える娘を演じてきた。その役を、降りようと思った日の記録。

第10話 雨で畑に出られない父は、母を連れて整形外科へ向かった。雨の日の、父の行動原理。

雨の日の、父の経済活動
台風で暇を持て余した父が、整形外科とファミレスへ。帰宅後「ポイントカードを忘れた、明日付けに行く」と言い出した。毎日食べるウエハースは買いに行かないのに、数十円のポイントには行くのか。父の優先順位がどうしても理解できない、家族のしょうもない一日の記録。

第11話 買い物は、なんとなく続いていた。乾燥わかめが2つになった家から、母が大雨の中を家出した。

母、大雨の中を家出する
両親の買い物はなんとなく続いている。生活費も折半になった。めでたしめでたし……のはずが、私の「いらんこと」がきっかけで母と喧嘩に。大雨の中、紙袋4つを持って家出した母。意地で無視した私。結末は、なんとも脱力するものだった。ぬるく生きる日々の記録。

番外編

母の携帯探しと、途中で止められた洗濯機で始まった休日が、思いがけない回復で終わるまで。

休めない休みの、過ごし方
4勤の合間の、たった1日の休み。母の携帯探しと止められた洗濯機にイライラした朝、心が折れかけた私を回復させたのは、意外にも新しいことへの「没頭」だった。介護と仕事の間で休めない看護師が見つけた、頭を使う休み方という選択肢。若くなくても、挑戦は大事。

この物語は、続いている

この記録は、現在も進行中である。

答えは、まだ出ていない。

たぶん、きれいな答えは、この先も出ないのだと思う。

それでも、書きながら、やっていく。

新しい話が増えたら、このページにも追記していきます。

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