親の老いは、回覧板からやってくる

日常のハプニング

ゆっくりの朝のはずだった

今日は休みだったので、いつもより2時間ほどゆっくり起きた。

最近、YouTubeのショート動画の一挙まとめみたいなやつにハマっていて、昨日も遅くまで見てしまった。

おかげで、すごい疲れ目だ(笑)。

そんなのんびりした朝のはずだった。

母の「探し物」が始まる

朝から、母がいつものように困っていた。

何かがない、らしい。

でも、何がないのか、本人もわからないみたいだ。

私に伝えたいけれど、うまく言葉が出てこない。

「いつもここに、スマホと携帯と財布と、もう一つ一緒に置いてるのに、もう一つのカバンに入れたら、わからなくなった」

と言う。

でも、スマホと携帯は同じものだし、カバンは一つしか持っていない。

そもそも「もう一つのもの」なんて存在しない。

スマホと財布、それだけだ。

それでも、同じことを延々と言いながら、ウロウロして、疲れ果てている。

やれやれ。ほっとこう。

本当に困ったことがあった時に手伝えばいい。

困って、探し物をするのは、最近の母のお仕事なのだ。

一通り繰り返して、疲れたら、大人しくなる。

そっとしておこう。

毎回付き合っていたら、私も全く休まらないから。

「今日は地域の大掃除じゃないか」

自分の朝ごはんを用意していると、父が急に言い出した。

「今日は、地域の大掃除じゃないか。お母さん、いかんといけまぁが」

確かに、父のカレンダーに、父の字で「春の大掃除 8:00〜10:00」と書いてある。

私は、回覧板にまで目を通していない。

回覧板が回ってきても、母が忘れないうちにとさっさとお隣へ回してしまうので、私が目にする機会はもともと少ない。

そういった地域の行事ごとは、ずっと母の担当だった。

私が関わったことは、今まで一度もなかった。

ただ、最近は少し違う。

自分の記憶に不安がある母は、重要なお知らせを見逃したら困ると、回覧板を父にも見てもらうようになっていた。

だから父も、今日の大掃除を把握していたのだ。

それを聞いて、頭を殴られた気がした。

母の記憶力が低下して、日常生活に支障が出ていることは分かっていた。

今も毎日、対応している。

でも、地域の行事に「家族の代表として、私が主になって参加する」というところまでは、認識できていなかった。

母が一人で担ってきたことが、もう難しくなってきている。

それが、目の前のはっきりした問題として、現実になった瞬間だった。

心が落ち着かなかった。

両親の言い合い

父は、不機嫌そうに母に何度か伝えている。

でも母は、自分の探し物のことで頭がいっぱいで、それどころではない様子だ。

「私は、今はそれどころじゃない。あれがないんよ。今日はとても出られんわ」

「お父さんはなんにもせんのじゃけぇ。今までもなんにもしてこんかった」

険悪な雰囲気の中、言い合いが始まった。

父も負けていない。

「勝手にせぇ。わしは知らん。お前はでんのじゃな!? 地域の掃除に!」

収拾がつかない。

そして父は、

「地域の掃除を無視するんじゃな。好きにすりゃあええ」

と捨て台詞を残して、自分の農作業に出かけていった。

残されたのは、私と、探し物を続ける母だ。

「一緒に行ってみようか」

時計を見ると、もう9時になる少し前。

清掃は8時から始まっている。

普段、清掃の日は草刈り機のエンジン音が聞こえることが多いのに、今日は聞こえない。

本当にやっているんだろうか。

そもそも、どこに集まるのか、私は知らない。

今までは、お隣やその先のおばさんたちと、始まりの時間あたりに顔を合わせて、母も参加していた。

でもここ数年で、お隣さんは高齢のため、地域清掃やゴミ置き場の当番を免除されている。

だから母も、ご近所さんと寄り集まって参加することが、難しくなってきているのかもしれない。

もしかしたら、朝から探し物で困っているのも、本当のところは清掃に参加したくない気持ちがあって、すり替えているのかもしれない。

日頃から、どうしても忘れてはいけないことを、忘れないように同じことばかり言い続ける母なのだ。

今後のことはわからない。

でも、ひとまず今日は、私もたまたま休みだ。

1時間遅刻しているとはいえ、遅れてでも参加してみないと、後々モヤモヤが残りそうだ。

父が帰宅してからも、またごちゃごちゃすることになるだろう。

私が「一緒に行ってみようか?」と言うと、母は案の定「行ってみる」と言った。

そういえば、朝キッチンに降りてきた時から、外作業用の服装をしていた。

そして、いつもの行動の遅さの100倍の速さで、「今から行く」と言い出した。

何十年ぶりかの、地域の清掃

私は、地域の行事には何十年もまったく参加していない。

普段、近所の人に挨拶もしない。

気分的には、まったく行きたくない。

でも、今後のことを見定める材料が欲しかった。

母と歩いて、近所の公園のほうへ向かう。

みんなが作業していそうな場所を、母は覚えている。

ずっと、母一人で担ってきてくれていたことだ。

近所のおばさんたちと、楽しんで掃除に参加していた時期もあった。

でも今は、団地全体が高齢化して、昔からのつながりも、だんだん薄れてきている。

公園には、たくさんの人が集まっていた。

すでに別の場所の清掃を終えて、公園に戻ってこようとしている集団に紛れて、私たちも中へ入った。

顔見知りで固まって作業している人、一人で黙々と掃除する人、いろいろだ。

誰も、声をかけてくれる人はいなかった。

まぁ、そうだろう。1時間も遅れてきたし、顔馴染みもいない。

私たちは、掃除道具を持ってくることも知らず(母は回覧板で見ていたかもしれないが、覚えていないだろう)、作業用の軍手だけ持って参加した。

でも、みんな、鎌や鍬やバケツやさらいを持ってきている。

私は私の仕事をしよう

私は、なんとなく作業が残っていて、人手が足りなさそうなところに合流してみた。

母はほったらかしだが、そこは今までもやってきたのだろう。

一人で落ち葉を手で集めて、ゴミ集めの場所へ持っていき始めた。

効率は悪いし、時間もかかる。

それでも「多少なりともやっていますよ」という印象は残せるだろう。

それだけで、母が参加した意義はある。

私は私の仕事をしよう。

さっさとやるべきことをやって、人手を提供すればいいのだ。

私が近づいたグループは、コンクリの苔を鎌で剥がして、土ごとバケツに入れ、公園の木の根元に戻す作業をしていた。

それがどれくらい意味のあることかは分からない。

でも、主でやっているおばあさんが、すごい負のオーラを出しながら、ブツブツ言いつつ苔を剥がしていた。

「私が全部やっているんだから」

みたいなことを言っている。

こういう人、結構いるよね。

でも、ビビらず、さっさと声をかけた。

「これを取って持っていけばいいんですよね?」

何度かしているうちに、別の人たちも集まってきた。

「向こうにオレンジのさらいがあるけぇ、それ使ったら早いで」

「この一輪車使ったらええ」

と、やり方を教えてくれた。

私はさらいで、怒っているおばあさんが剥がした土苔をすくって、一輪車に入れていった。

そして、公園内の木の根元に戻す。

2〜3回繰り返したら、もうこれくらいで終わりだろう、という時間になった。

無駄な時間こそ、大事なのかもしれない

他の人たちは、私たちより1時間早くから作業していた。

早めに終わるのは当然だ。

私たちは、参加して15分くらいしか働いていない。

正直、体力は余っている。

でも、全体の空気で、公園の中央へ集まって、多くの人が雑談を始めた。

本当に、無駄な時間だ。

けれど、これがコミュニティの維持には重要なのだろうと思う。

最後は、役員のリーダー係なのだろうおばあさんが、一言話して解散になった。

(小綺麗な服装で、乱れてもいないし汗もかいていない。本当に作業していたのか不思議だった)

ペットボトルのお茶が、各自で取れるように用意されていた。

母は当然のように1本選んでいた。

1時間遅れて参加したのに、こういうのは遠慮しないんだなと、母の図々しさを再確認した。

そういうところがある母なのだ。

まぁ、高齢者のすることだから、周りも目をつぶってくれるだろう。

帰宅、そして探し物は続く

家に帰って、また母の探し物が再開した。

掃除の間も忘れることなく、「3つ目のあれ」がないことを心配していたのだろうか。

ないものを探しても、永遠に見つからないのだ。

でも、まぁいい。ほっとこう。

私は私の今日すべきことをしたし、役割的なことは実行できただろう。

母に水分摂取を促す言葉をかけながら、私も自分の家事に取り掛かった。

いつもの風呂掃除、トイレ掃除、自分の洗濯、犬の散歩。

ところが散歩中、母から電話があって、散歩は中断。

私が干していた洗濯物を途中で触ってしまい、どう戻せばいいかわからない、ということだった。

今日の母のポンコツ具合は、久々に群を抜いている。

まぁ、私が休みだから、ちょうどいいのかもしれない。

やっと、落ち着いた

お昼になって、やっと母の頭の中が通常運転に切り替わったようだ。

「ご飯を食べ」

いつものルーチン。

自分のお腹が減っていなくても、子どもの昼ごはんを心配している。

自分のこともろくにできないのに、高齢女性の方々は、いつまでも現役の頃の記憶の中で生きている。

周りの人の世話は、全部自分の仕事なのだ。

「今は大丈夫」

私は軽く伝えて、その場を離れた。

しばらくしてキッチンへ行くと、母は一人で食パンを焼いて食べていた。

それで十分だ。

毎食、栄養バランスを考えた食事をしなくてもいい。

上沼恵美子さんのバラエティを地上波で見ながら、トーストをかじっている母の後ろ姿。

それを見て、

「やっと落ち着いたか、やれやれ」

と、私も解放された気分になった。

少し自分の時間を過ごしてから、食事の作り置きをしておかないと。

今日も、通常運転の休日に戻ったな。

きっと、母は、夕方、冷蔵庫のペットボトルのお茶を見つけて、「これは誰が買ったん?」と言うだろう。それもまた、通常運転だ。

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