買い物は、なんとなく続いている
両親の買い物は、なんとなく、できる範囲で続いている。
ただ、二人で店内を探し回るので、同じものが増えてきた。
乾燥わかめ。
ツナ缶。
大豆の水煮。
それぞれ、2つずつある。
まぁ、腐るものではないので、良しとする。
そして最近、なんとなく管轄が決まってきた。
私が必要物品をピックアップして、買い物リストを作る。
品目が多くなりすぎないように、調整する。
二人が、それを買ってくる。
月に2〜3回は私も買い物に行き、細かくて量の多い必要物品を買い込む。
チューブの生姜やにんにく、詰替え用食器洗い洗剤、排水溝ネット、父母用リンスインシャンプー、くっつかないアルミホイルなどなど。探し回るのは大変そうな商品はたくさんあるのだ。
二人のリストは、ルーチンで買いやすい品目を中心にして、そこに2〜3個だけ、ちょっと難しいものを混ぜ込む。
ちょっとしたミッションのようにしている。
我ながら、私は有能だなぁと思う。
まぁ、二人はそう思っていないだろうけど。
お金も、折半になった
そして、お金の話にも動きがあった。
母がしつこく言ったのか、月4〜5万円を父が買い物財布に入れることになり、二人が同じ金額を出し合う形になったらしい。
あの牛乳代から始まった生活費の話が、いつの間にか、それなりの形に落ち着いていた。
めでたしめでたし。
……で、終われば良かったのだ。
いらんことを、言ってしまった
その話を聞いて、私は言ってしまった。
「じゃあ、お母さんも電気代や水道代、税金も折半せんといけんね」
そうでないと、フェアじゃない気がしたのだ。
すると母は、
「私は、おばあさんの家の水道代も電気代も払っとる」
「税金も払ってる」
と返してきた。
いや、無人の家だから金額が全然違うでしょ。
それに、おばあさんの家を処分していないのは、お母さんの勝手でしょ。
……と、言ってしまった。
完全に、大きなお世話である。
ちなみに父も、自分の実家を無人のまま処分せず、水道電気代を払い続けている。
まぁ、父の実家には今でもお坊さんがお経を上げに来たりしているから、簡単には処分できないのかもしれないけれど。
母、大雨の中を家出する
そんな私の大きなお世話がきっかけで、また母と喧嘩になった。
そして母は、家出した。
外は大雨。
「もう帰ってこないかもしれん」
と言い残して、紙袋を4つも両手に持って、出ていった。
行き先は、おばあさんの家である。
意地の無視と、ハラハラ
私も意地になって、無視した。
心の中では、ハラハラしていた。
でも、
「勝手にしろ。いずれ帰ってくるだろう。あの家には食べ物も飲み物もないし」
と思うことにした。
17時、父と同時に帰ってくる
結果。
17時頃、母は帰ってきた。
なぜか、父と同時に。
どういう経緯なのかは分からない。
私も、深くは聞かなかった。
帰ってきた母は、比較的普通だった。
怒ってもいないし、恨み言を言ってくるわけでもない。
普通に晩御飯を食べていたと思う。
「思う」というのは、私はムカつくから先に食べていたからである。
12時半頃、出ていったので、合計で4時間半の家出だった。
でもまぁ、大雨の中、事故や迷子、転倒などがなくて良かった。
私の想像の中では、最悪、雨の中で転んで頭からずぶ濡れになって、怪我して出血して、疲労困憊して、警察のお世話になるところまで、軽く想像してしまっていたから、母の認知の具合はまだそこまでではなかったのだな、と少しほっとした部分もあった。
その後も、ぬるい日々
その後も、日々いろいろある。
「一ヶ月前に届いていたLINEを消してほしい」
と頼まれたり、
「携帯が見当たらないから鳴らして」
と言われて探したら、普通に充電中だったり。
なんとも言えない、無駄な時間に、ちょこちょこ付き合ってやっている。
家でも、職場でも
そういえば、職場にも似たような場面がある。
ある利用者さんが、2か月ほど前から「持ち物が減った、盗られた」と訴え続けている。
記録を確認しても、最初からその数しかない。
でも、納得はしてもらえない。
対応しながら、自分の母を見ているようで、ぐったりする。
家でも、職場でも、高齢者と関わっている。
なんだか、しんどくなってきた今日このごろである。
それでも、ぬるく生きる
もう、言い合うのは疲れる。
だから最近は、すべて、ぬるい感じで聞き流している。
正論を言えば、喧嘩になる。
無視をすれば、家出される。
だったら、ぬるく。
とにかく、ぬるく。
それが今の私の、平和維持活動である。
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