内定先の開設延期で就活ふりだしへ 疲れと不安と、少しの前向き

地方での転職活動

要約

ようやく一区切り…と思った矢先、まさかの延期。
職場は欠員続きでヘトヘト。
内定先の開設延期が決まり、再び就職活動へ。
それでも、少しずつ前を向くための記録です。


2025年10月、仕事に追われてブログも止まる

10月は面接や見学が立て続けで、あっという間に過ぎていった。
気づけばブログも5週間ほど触れずじまい。

面接の日々が落ち着いた今、ようやくキーボードに向かう気持ちになれた。
今日は久しぶりに、最近のことを整理しておこうと思う。


現場は欠員だらけ 空気が重くなる日々

2025年8月、9月、職場では、スタッフの体調不良や事故が重なって、有給どころではない状況。
毎日のように「今日、誰がいるんだっけ?」と確認してから仕事が始まる。

ケアメイトさんの一人が交通事故に遭い、手術と入院でしばらく欠勤。
2〜3週間の間、現場は常に1名欠員。

さらに、長期療養を経て復帰した方も体調が万全ではなく、重たい仕事は任せられない。
人数としては「1」とカウントされていても、実際は半人分ほどの戦力。

その分のしわ寄せが他のスタッフに来て、みんな疲弊しているのが分かる。

戻ってきた二人も体調が万全でないからか、積極的に動くことができなかったり、ちょっとしたミスが続いたりで、ますますメンタル的にも落ち込んでいる様子。
こちらも気を使って、励ましの言葉などかけるのだけど、すぐに涙ぐんでしまう。
見ていて、体力的にも精神的にもつらそうだ。

「このメンバーでよく回してるよな」と、自分たちを労いたくなるほど。
本当にギリギリで、毎日が綱渡りみたいだった。

実際、体調が万全でないスタッフをフォローできるほど、全体の人員に余裕がないのが現状だ。
そのような状態では、受け入れる側も、戻ってくる側も、どちらにとっても良くない。
誰も悪くないのに、どうしても空気がギスギスしてしまう。

こうした状況こそ、本来は職場全体を把握している上層部が早めに配置調整などをすべきだと思う。
現場だけでカバーしようとすると、結局みんなが疲弊してしまうのだから。


まさかの開設延期 1年間の“空白”が生まれる

そんな中、内定先から「開設日が半年以上延びます」との連絡が届いた。
最初は“え?早まったの?”と勘違いして、さっと血の気が引いた。

私は今年度末で退職だけど、来年4月オープン予定が、もしかして今年12月オープンになったのかと思って。
「退職まだなのにどうしよう…!」と一瞬焦った。

けれど、よく見ると“来年12月”のことだった。
……えぇ〜!?だったよね。
そんなに先になること、ある?と、思わず独りごと。
笑うしかなかった。

つまり、このままでは丸1年間、私は無職になる。

1年間も無収入というのは、どう考えても現実的ではない。
生活費をどれだけ削っても、月に12〜13万円はかかる。
さらに、毎月10万円積み立てているNISAも減額せざるを得ないかもしれない。

でも、本音を言えば、できるだけ早く満額にしたい。
今の時期に投資ペースを落とすのは、勇気がいる判断だ。


資産形成と焦燥感 止まれない気持ち

雇用保険が出たとしても、生活費に消えてしまう。
今ある貯金を切り崩すのも避けたい。

まだ“種銭(たねせん)”を増やしていく段階なのに、ここで止まるのは怖い。
体が動くうちに、しっかり稼いでおきたい。
そう思えば思うほど、焦りが強くなる。

だから、1年間も無職で過ごすわけにはいかない。
自分でも分かっている。


「今日が一番若い日」なんだから。


理想のプランが崩れても 人生は続く

もともとは12月末で退職して、3ヶ月くらいのんびりしながら副業の準備をして、
2026年4月に再スタートするつもりだった。

理想的な流れだったのに、現実はあっさり覆された。
田舎であんなに条件の良い求人はめったにない。
家から近くて、基本給も夜勤手当も高く、しかも立ち上げメンバー。

変なしがらみもなくて、「ここでなら長く働けそう」と思っていた。
建設延期でその夢が遠のいた時、正直、しばらく何も考えられなかった。

それでも、立ち止まっているわけにもいかない。
焦っても仕方ないけど、動かないと何も変わらない。


それでも前へ 少しずつ、また歩き出す

もう一度、次を探そう。
それが遠回りでも、きっと何か意味がある。

心のどこかではまだ思っている。
——予定より早く、あの施設が立ち上がったりしないかな、と。
そんな心残りがあるから、内定を辞退するメールを送るのもためらわれる。
上手くいかないな…。

今日が一番若い日。焦らず、でも止まらず。
そんな気持ちで、また少しずつ前へ進みます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました